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oohaman5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

映画「鳥の道を越えて」 思い出に秘められた切なさ


ドキュメンタリー映画「鳥の道を越えて」HP - 映画「鳥の道を越えて」

 この映画を見て、小林一茶の俳句を思い出した。

「雪とけて村いっぱいのこどもかな」

 なぜなら、山育ちの監督の祖父の幼い日の楽しい思い出から、始まるからだ。それは、渡り鳥が、たくさん通る道が見えること、そして、その道である山の尾根にかすみ網を仕掛けて、鳥をとり、山で食べさせてもらった思い出だ。しかし、その思い出は、楽しいこととして、うっすらと、ロマンチックに色どられて、語られる。しかし、その背景にあるかつての山国の生活は貧しく、厳しい。子供たちは、常にまともなタンパク質が取れない。その飢えがあるからこその、思い出なのだ。一茶の句も、春になって、大はしゃぎする子供たちが描かれているが、実は、冬の寒さと飢えで死んだ多くの子供たちのことが背景にある。

 少し前、十月になるが、文化庁主催 の試写会で、上映しているのを知り、私が好きな生き物のテーマの映画だなあと思い、見に行った。まず、かつて新聞の隅っこにあった、禁止されるかすみ網により逮捕という記事が頭に浮かんだからだ。かすみ網って、どんなもんだろう。なんで禁止されているのだろう。私が聞いた話では、メジロなど、飼ってはいけない野鳥を捕って、育てたい人に渡す商売があるからだとのことだった。だから、鳥を食べるために大量に捕るから、かすみ網が禁止されたと聞いたのは、初めてだった。

 そのとき、思い出したのは、子どものころから、初詣に行っていた京都府八幡市にある岩清水八幡宮だ。私は、「やわたはん」といってるが、そこでずっと売られている雀のチュンチュン焼きを思い出した。これは、平べったくされた雀が焼き鳥になっているものだ。一度、大人になってから、好奇心で買ってみたことがある。ほとんど骨で、濃い味のぱりぱりした焼き鳥だ。また、夫によると伏見稲荷にも、同様の焼き鳥があるらしい。思うに生駒山界隈は古い習俗が残っている。石切さんなどにもあるのかもしれない。 ただし、雀は田んぼで投網で捕られているらしい。これは、ローカルのテレビで見たことがある。だから、渡り鳥を捕るのとは、少し違う。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にも、投網で鳥を捕る猟師の姿が描かれている。飛ぶ鳥は昔から食べられていた。しかし、鳥の道に仕掛けるかすみ網の話は知らなかった。

 彼は、渡り鳥の道を求めて行く。色々な人々と出会う。そこには、生き物と人間との距離の近い山の生活があった。だからこそ、彼らは鳥の道を知っていた。それで、鳥の通り道の岐阜県の山岳地帯で、江戸末ぐらいにかすみ網猟が発明されたのだ。それは、人間の知恵を駆使し、渡り鳥の道に仕掛けた大規模な猟で、一度に数百匹もの鳥が捕れるようなものだった。そういった事実を通して、自然と人間の関係性とか、昔の暮らしについて考えさせられた。鳥の道を知っている自然と近い生き方、生き物と人間の関係、そして、食べるということの切なさがそこにある。人間と自然との関わりに興味のある人には、面白い映画だと思う。

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