oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと思っています

ドラマを見て。「舞妓さんちのまかないさん」アジール(自由領域)としての京都



京都の舞妓さんは人気ものだ。日本的なイメージといえば彼女らだろう。でも、歴史的な経過でなんかなって思っている人も多いと思う。でも、可愛いんだもん。

 そういうイメージをズバッとエンタメにしたのが、少年サンデー連載の漫画「舞妓さんちのまかないさん」だ。ドラマ化が決まるまで、可愛いとグルメを組み合わせた、たわいもないもんだと思ってた。読んでみるとこれは一筋縄ではいかない。大人が考えつくしたエンタメだなって知った。

 まず、対照的に貧しい青森の農村が描かれる。主人公少女のキヨは祖母に育てられた孤児だ。高校進学もおぼつかない。そして、一緒に舞妓をめざす少女すみれの両親の話はてんで出てこない。うん、今頃、そうなのだ。こういった問題のある地方の社会は当たり前にある。京都の舞妓ちゃんはそういう階層のガッツのある子が目指す場所なのだ。

 また、先輩で芸者になった百子さんはパトロンを手玉に取る女性で、フルマラソンを走る自立した女性でもある。そこで、この仕事は水商売なんだってことがきちんと描かれる。そこはふれず、ドラマは俳優の特性を描いた宛書なので、演じている橋本愛にあわせた恋人のために祇園を去ることに悩む、祇園で生まれたホラー好きになってる。そこでしか生きられないから、頑張っているという芯は一緒だけど。

 やかた、置屋を経営するおかあさんは百子と同世代だ。若くして新しい祇園を作ろうとしてる同志として描かれている。

 ドラマではキヨの母親世代で常盤貴子が演じてる。そして、同世代の娘をもっている。

 これは総合監督の是枝監督が尊敬している成瀬巳喜男幸田文原作の「流れる」を意識しているのだと思う。「流れる」は芸者置屋を舞台にして、それを批判する高峰秀子演じる男嫌いな主人の娘が出てくる。実際、高峰秀子は映画界のセクハラを憎み切った潔癖な人だったそうだ。

 この漫画は舞妓を挫折して周辺の料理係、まかないさんとして生きていこうとするキヨが主人公だ。これは幸田文原作の「流れる」の置屋に女中としてはいった主人公と同じ立ち位置だ。

 作者の小山愛子の前作には昭和初期のカフェという水商売を舞台にしているものがある。水商売を女の自立する手段として意識し、ひとつのアジールであってほしいとして描いていると思う。

 SNS若い女性の支援組織のライバルは水商売だって言っている人の話を最近に聞いた。

 昔から伝統的に女性が自立する場として、水商売がある。そこは闇と紙一重の場でもある。しかしながら、長い歴史のなかでそこに逃げ込まなければならない男性とそこで働かなければならない女性たちは、少しでもお互いに心地よい場所を作ろうとしていた。その成果がたぶん祇園甲部なんだと思う。

 「流れる」の時代のほの暗さを少しづつでも改善していこうとする人たちはいるよ。樹木希林に筋金入りの貧乏人出身であるとされた是枝監督は言いたいんだと思う。貧乏人にとって水商売のお姉さんは隣人なのである。彼女らは当たり前に職業としての選択として業界に入っていく。

 このドラマは祇園がおこなってきた改善の歴史もきちんと描いている。能楽を基本とする踊りの井上流の導入。伝統を守るものとしての歌舞伎との関係性。互いに差別された同僚としての歴史からの協調。ここの芸者さんを母とする歌舞伎関係者は江戸時代から多かった。今頃はあらかさまなパトロンはいないんだなって感じるし。

 もちろん、祇園周辺部の場所の問題とか、実は彼らを一番差別しているのは、あれはよそ者の世界っていってる京都の人だとかはあるんだな。

 トップの人たちだけが保護されてるんじゃん。でも、彼らが古い日本の美しい部分を支えているのは事実だ。そして、彼らがいるから支えられている京都の工芸だの観光だのがあるのである。そこには居場所を失くした人の場がある。まあ、きれいごとかもしれんけど、アジールとしての京都は確かにある。

 

 ドラマで描かなかった漫画は主人公たちと一緒だった野球少年の健太がけがをして高校を中退する話になる。男の子の話に広がる。

 私たちのころからもあったけど、まだ、甲子園をめざす中堅の野球が熱心な学校ではそういうことが、普通にまだある。彼は京都でコックをめざす。彼もまた、アジールを目指すんである。受け続ける漫画は、創作は社会と寄り添うってことなんだろうと思う。これも地方の現実だ。

  

 こんな風に理屈をこねてドラマや漫画見てるのは邪道かな。美しい映像と可愛い娘さんたちが演じる日常を見て、そしておいしい日常のご飯を堪能する。親子丼、おいしそうだったあ。

 日常。鴨川河岸を歩く普段着の主人公と舞妓役の娘さんたちの日常感たまらんですね。ロングでとっているので少女たちになってる。きっとメイクしたら、とびぬけて美しい人たちなんだと思うけど。

 それとわちゃわちゃしたジャージと日本髪の日常のどたばた、周りにいるだらしないおっさんたち。きりっとして趣味の良い着物を着こなす美少女が舞妓になっていく過程。映像を力を実感しますな。

 

 ああ、命ってそれだけで尊いなあ。未来があるって愛しいなって思う。

たぶん、この日常感は主人公を演じた森七菜の資質が大きいかなって思う。彼女は日常を細やかにうつす庶民性がある。

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