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oohaman5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

父たちと宮沢賢治と「春と修羅」

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 ここのところ、毎年、盛岡を旅している。去年、行きたかった花巻に行ってきた。父に買ってもらった本のなかに宮沢賢治の「風の又三郎」があったからだ。父が選んだと思い込んでいたが、私がねだったんだと、改めて思い出した。5年のときの担任は、今でいうカリスマ教師で、毎年、生徒に「雨ニモマケズ」を暗記させていた。それで、どんな話か読んでみたかった。美しい青を基調にした挿絵があり、ふかしげな物語に夢中になった。最初の「どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きばせ」このせりふぐっときました。物語は二百十日で終わる。なぞに夢中になった。父や先生の世代は宮沢賢治がブームになったころのひとだ。特に映画「風の又三郎」にグッときたらしい。のちにさわりをちらっとみたが、今でも、ハーフだった大泉滉の美貌とちゃっちだけどアートな特撮で見れなくもない。のちに変なおじさんでバラエティで茶化されていた彼は子役スターだったんだと、なんだかなと思った。青年期、小津安二郎の「お早よう」にもちらっと出てた。

 それから図書館でたいていの童話を読みふけり、「春と修羅」も読んでみた。「小岩井農場」は気に入ったが、死にゆく妹をうたった「永訣の朝」は正直こわかった。のちに賢治と妹のことを下世話に評論した新書をチラ見して、怖いほど美しいきもちって落したくなるんだなあと思って、いやだった。

 担任の先生と何年か前お会いしたけれど、私より少し上の息子さんを車の事故で亡くされていた。尾崎豊ではないけれど、親子の相克があったのだろうか。先生はルソーの「エミール」を愛読されていた。話術のために落語を聴く会をするほど熱心な方で、救われた人も多く、教員になった教え子もいた。そんな父世代に影響を与えた宮沢賢治を、私世代で読んでたひとって結構いたんだと、ゴジラの「春と修羅」でわかった。岡本喜八が残した本だったろうか。

 花巻に行ってみて、宮沢賢治を知らなかったなと思った。まず、記念館でみた膨大で多彩な仕事量にびっくりした。体が弱かったんではなく、過労死だったのだと思った。ものすごく欲望の強いひとだ。あと、大富豪の息子だったんだなと気づいた。路線バスに乗ると、花巻にはほぼ廃墟の大きな商店街があり、田舎に凄まじい富の集積があったのが見て取れる。

 鉄道が鉄の街、釜石に行く中継地であるのも知らなかった。「銀河鉄道の夜」はあきらかに花巻の繁栄と鉄道の関係を背景にしていたのだな。そのなかで、文化的贅沢三昧をした男であったのだ。そして人当たりも良く、金持ちなかまのなかでのほほんと商売をしたりできなくもなかったと思う。しかし、圧倒的な自然や貧困から、自分自身から、目を背けられないひとでもあったのだな。色々と面白く、怖いひとである。

 なぜか、記念館では行きたかったサハリン旅行を主催していた。賢治のせかいの信奉者たちらしい企画だ。行こうかなと一瞬思った。宮沢賢治の背景は、いろんなものを岩手にもたらしている。小沢一郎なんかも、あるかもしれない。もっと知りたいような気もする。今年も秋田に行ったとき、盛岡、どこがいいと言われ、小岩井農場と「注文の多い料理店」を出販した光原社に夫を案内した。なんだろう、私たちが背負っている、近代ってもののあわいを考えされられるひとなんだよな。

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記念館にむかう階段。

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記念館からみた花巻

 

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そして、 今の東北本線のありさま、活気があった町は静かにまどろんでました。

 

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岡本喜八と同世代で日大映画科卒のひとで、宮沢賢治の信奉者です。