oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

信じる中野翠「あのころ、早稲田で」

 図書館で 中野翠さんの書下ろしあるなって、でも、学生運動盛んなときの早稲田の青春なんて、私にかけ離れているなと思っていた。とのぞいてみたら、原民喜と友人の丸岡明一家が住んでいたアパートにいた子供が学生運動に参加するような青年に育ったが、若くして命を絶ったとあり驚いた。けれど、もともと、あの運動の思想的背景は彼がおおく執筆していた「近代文学」が関係しているらしい。

 「近代文学」は原の義弟、佐々木基一、中野さんがあこがれた早稲田教授の平野謙、そして、思想的リーダー埴谷雄高によってつくられていた。彼らは共産党の活動に挫折し、文学上に居場所をもとめたのだ。原民喜は佐々木の姉と結婚することで作家になり、そして、発掘された作家さんなんだと知った。

 ふーんと思った。私は関西で封建的な家に育ったので、学生運動は、ぐれた親不孝と聞かされた。親のすねかじりの頭でっかちやろうという悪口だ。じっさい、京大の運動は徹底的に弾圧されていた。それほどに関西は古い秩序が強かったように思う。戦後、もう、他者をいれる余裕がなかったのだな。今、京大が思想的に弱っているのって、そんなこともあるなっと思っている。

 どちらにしても、下町育ちのわたしにとっては遠いことだ。だから、吉本隆明埴谷雄高の名前を知ったのは大人になって、ずっとあとだ。昔、河合隼雄さんの講演会に行ったとき、見たこともない難しい本が並んでいて、盛んに手に取っていた人たちをみて、私は教養の種類がちがうんやなと、がっかりしたことがある。いい大学もでてないし。そんなこともあって、この本は手にとっていなかった。

 しかし、読んでみて、そんな大多数に知られていなかった運動の実際が、あの連合赤軍につながったんだろうとも思った。彼女が影響を受けた、埴谷雄高吉本隆明の比較があり、面白かったですね。妻に四度も堕胎させた埴谷、仕事を犠牲にしても二人の娘を育て、生活者として生きた吉本、人間的に尊敬できるのは吉本だけど、彼と対談したとき、わざわざ、着ていったコムデギャルソンが似合うののは埴谷だというのは、芸術とか思想とかの美しさと胡散臭さを表していて、的確だなと思った。

 学生運動は世界的におこった大掛かりな親子喧嘩だったと感じる中野さんには同感だし、それは父なる人たちが参加した第二次世界大戦の後遺症なんだなと私は思っている。だから、学生運動がさかんな早稲田にいた村上春樹は、ノモンハン事件を小説にしたんだなと思った。私は戦争の後遺症はたっぷり味わったな。だいたい、父の兄弟たちは左派の政治運動に参加していた。ものすごく、お金が好きな人たちだったんだけどね。うちの父はそれを斜めに見ていた。にもかかわらず、大学職員をしていたころで、学生さんにいじめられる体験があっても、がんばれと語っていた。

 この本は時代を象徴する佐々木マキのイラストで表紙を飾り、ユーモアあふれる語り口で書かれているけど、けっして、軽いものではない。編集者という伴走者をえたからだろうか、彼女の恋愛についても、初めて、さらりと語られている。なぜ、結婚しなかったか、「くわえたばこで皿洗い」をするような人生が送りたかったと。なにかしら、人生のまとめのような本だ。

 子供だった私にとっての60年代は新しい豊かさで、ベルボトムをかっこよくはいた、少し上のいとこが夢中になっていたフォーク、そして、加藤和彦がヒーローだった。中野翠がそういった文化的な方面にながれていったのは自然な流れだったと思う。だいたい、政経学部をめざした中野さんのしらけた気分ってわかる。前時代の親の内面の反映である、大学生の特権意識、女性差別観を引きづっていた運動はたまんないものがあったよ。しかし、彼ら学生たちが支えたあたらしい文化は、とても、かっこよかった。そういった時代の美しい若者の横顔を紹介したこの本は、貴重な証言だと思う。さいごに中野さんは50年ぶりに早稲田を訪れるのだけど、最後に「彼らを信じる」ということばで終わるのがしみてくる。どんな時代も未来をたくす、わかものに幸あれと思いたい。

 

あのころ、早稲田で

あのころ、早稲田で

 

 

 

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