oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

「万引き家族」よどみのなかにあるちいさな兆し

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 私が是枝裕和の映画を見始めたのは、「空気人形」からだ。「誰も知らない」が評判になって、好奇心が刺激されたからだと思う。あざといなと思いながら、死のにおいが切実にする映画だった。それまでは、なんだかすかした映画をとるアート系の映画の人のひとりという感じでみていた。そういった映画は、確かに映画祭なんかで、ちょっとした賞はとるけれど、せせこましくみる人をえらぶ。

 答えを知りたいっていう感じは、その監督の映画を見続ける動機の一つになると思う。で、ずっと待っていた次作、「そして、父になる」のラストは納得できなかった。主人公が子供の取り違い先の家族にひかれて交流する。あったかいけど、こういった親は子供の小さいときはいいけれど、大きくなったら足をひっぱるのだなあ。やっかみもあるかもだけど、「ぐれるよ」って言っていた山田太一は鋭いと思った。そのアンサーが「万引き家族」だと思う。やはり、リリーフランキーの父親はやばいって。

 困っているひとは困っているひとにするどい。なぜなら、自分を救うことになるから。しかし、面倒はみきれない。力不足だもんだから、破綻する。そんな人をたくさん見てきた。そして、もっと残酷なことになる。

 余裕のあるひとが困っている人の面倒をみる。それがいい。でも、普通の人は足をひっぱられるのですよ。だから、どんどん優秀なひとが求められる。でも、そういう人は困っている人を実感できない。ここがやっかいなんだな。そんなことを思いながら、この映画を見ていた。

 作りての混沌まで写しこんでいて、人をいろんな意味でざわざわさせる映画だと思う。私の好きな詩で、小林一茶の真っ暗な雪に閉じ込められた冬の農家で、保存食のねぎが芽ぶくことをうたった俳句を思い出した。

ねぎは へっついにうえりて 青葉をふき」

その春の詩

雪とけて 村一ぱいの 子どもかな」

 

 「万引き家族」の荒廃したありさまが写しこまれる。でも、その中にある光あるけしきは、ぞっとするほど、色っぽく美しい。そういった世界の中の兆しを信じたいという願いをえがいた映画だと思う。 

gaga.ne.jp

 

 

  小林一茶的な世界観について感じたことを書いた文章です。なんとなく、この映画とつながっていると思う。

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映画「タクシー運転手」運転するってことについてのあれこれ

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 ソン・ガンホの庶民的な笑顔のポスターと若いころ起こった光州事件の不可解さに心ひかれ、映画館に行った。わかんないことをと思ったけど、きっと、この映画は大したことないひとの目線で事件をみせてくれる、そんな気がした。人のきゅう覚はするどいものだ。もやっとしたことを知った年配のひとが多かった。お隣の老夫妻はめいっぱい笑い、涙していた。なぜ、タクシー運転手が光州の事件で活躍したのか。なんとなくわかったけど、言葉にならないもどかしさがあった。その晩のTBSの荻上チキのラジオで背景を聞いて納得できた。

 思い出したのはイギリスの貴族のお城を舞台にしたドラマ、「ダウントンアビー」だ。はなしは、まだ、馬車が走っていた第一次世界大戦前から、自動車レースが花形になる第二次世界大戦前でおわる。女性のドレスのすそが短くなったのは、そのたった15年ほどだった。その中でアイルランド人の運転手が、重要なキャラクターとして描かれる。彼は独立運動の闘士で、雇い主の貴族の女性と結婚する。新しい技術を身につけた運転手が、教育がないのが当たり前の使用人の世界で向上心があり、その過程で社会的な関心を持った人物が多かったということなんだろう。もっとも、彼は母国では自作農らしい。外国人でもある。そのあたりもうまいなあと思う。

 このころ、やっと、人々は学校に通いだす。若い人は、小学校程度の読み書きができる人がその立場を脱していく。最初のころはご主人さまとうなだれていた村人が、最終話のころにはお城の見学会で美術品を鑑賞する。たぶん、その間に教育がある人が増えたのだ。このダイナミズムがドラマの面白さだった。

 ラジオによると80年代の韓国は、まだ、義務教育が小学校までだったらしい。まだ、字が読めない人があたりまえにいる社会だった。その中で、免許を取るということが、いかに努力がいるかわかる。韓国の進学熱を面白おかしく報道しているけど、学歴は長く、お金で買うものであったのだ。

 そのなかで、優秀なこどもは、学費がほとんどいらない士官学校をめざす。国家に養われていた彼らが、国家によっかかって、エリート意識が強くなり、人を人と思わないのもわかった。まだ、戦争のかげで前近代がのこっていた。みんなが徴兵制で参加した朝鮮戦争ベトナム戦争があったし、抑圧する側も反抗する人も暴力がみじかにあった。しかし、まわりの世界はどんどんと変わっていく。光州事件は、そんな社会の急激な変化の中で起こった悲劇だったんだと思った。そこのところが隣国ではピンとこなかった。

 映画は最後、とんでもないエンターテイメント展開して驚くが、監督のそんなこんなの、かつての理不尽にがまんできないっていうのが感じられて、私的にはいいなあと思う。そうか、運転するってことは、主体的につながる、何かがあるのだと思った映画だった。

klockworx-asia.com

 

 

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長崎の旅 三日目

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 三日目は軍艦島へ行った。映画とか影響だろうか、多くの観光船が行く、新しい観光地になっている。保護された場所なので乗船手続きやら、ちとややこしい。

 廃墟は初めてなので、どうかと思ったけど、淡々とした場所だった。テレビとかで、戦場跡とか、見すぎたからかもしれない。長い年月で風化された場所は必然となっている。

  ガイドさんの話の方でおぎなっての場所だと思う。話を聞いていると、開発者の三菱に対する複雑な感情もほのみえて、面白かった。気温40度、湿度90%のところに戦前は12時間、戦後は8時間の労働だったそうだ。島に多くの建物が建てられていたのは高度成長期、景気のいい時代に労働力を確保するためだったんじゃないかな。総ガラス張りの小学校の廃墟が異様に思った。戦前の日本で初めて建てられた近代アパートが六畳一間だったのいうのが、なんだかしょぼいくて、日本らしい。

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総ガラス張りの小学校跡と、神社の空中庭園のあと

 それでも、雨の多い長崎地方の海の荒れた日は、波が島のてっぺんまで上がって、船が途絶え、陰惨たる気分になる場所だったそうだ。優遇されて、おいしい食べ物、娯楽、高い給料が提供されたけれど、地元では無くなって、清々したという気分なんじゃないかな。明治大正の開発期の悲惨さは忘れられないだろうし。大きな隔離病棟のあとなんかもあった。「天空の城ラピュタ」のインスピレーションの元になった空中庭園も朽ちはててきている。行ってみてよかったか問われると微妙なところだ。真実は自然に侵食されて、遠くなっている。

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日本最古の鉄筋アパートのあと。波にさらわれた本部の建物跡から全容が見える。奥には繁華な街に下りる階段。

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うっすらと見えている階段の奥にこんな生活があったらしい。

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本部あと、地下の炭鉱に行くエレベーターに上る階段跡。ここを上るときが一番緊張したらしい。

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 日本最古のドックがある三菱の造船所。ここを海から見るのもこのツアーの売りだ。ちなみにイージス艦足柄が止まってました。

 午後は空港にもどった。雨が降り始めていた。そういえば、「長崎は今日も雨だった」って歌あったなあと思った。長崎のひとはいつも、雨のことを心配しているようだった。

 こんな風に旅は終わった。また行ってみたいとも思うけれど、こればかりは縁のもんなのだろうなあ。

 

 

 

長崎の旅 二日目

 大浦天主堂へ、色々な歴史的なことを知ってから、ここに戻ってきたのはうれしいことだった。しょぼしょぼと朝の雨が降っていた。二十六聖人の殉教の絵の下に、ここを開いたプチジャン神父の墓石がある。そして、明治の浦上の信徒発見をうながした聖母像。こちらではカトリック教徒の韓国やフィリピンの観光客が多く、なんとなく東洋の聖地巡礼の地になってるようだ。

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 坂本龍馬がいた亀山社中へ。龍馬関係者は好きだろうが、私は長崎の坂道のふぜいを楽しませてもらったと、記しておこう。そのわりには銅像をみに、その上の公園にいったりしたんですが。長崎の坂道良いですよ。花々が南国しててきれい、アジサイが多く、梅雨のころがいいと思う。

 

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龍馬像。司馬遼太郎も文学碑ももあります。

f:id:oohaman5656:20180430113000j:plain長崎の海から香港が見えるそうだ。

 午後にレンタカーを使って、外海の「遠藤周作記念館」へ行った。となりに道の駅があり、「夕陽が丘そとめ」という、夕日の名所らしい。単なる辺鄙な田舎だと思っていたけれど、途中、人家の多さに驚く。長崎新漁港という漁業の拠点になっていて、缶詰工場、かまぼこ工場がたくさんあった。海の道を通ると近いというのもあるのだなあ。

 

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 それもだけど、たくさんの教会があり、宣教師たちがこのあたりの開発に力をつくしたのがみてとれる。隠れキリシタンの里のひとつ、黒崎のダイナミックな風景が見えてくる。海辺の広い湿地が残されていて神秘的な風景だ。そこから、ドロ神父が教会をたて、小説「沈黙」の舞台になった出津の集落に行く峠に記念館がある。

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 教会を中心とした出津の風景

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遠藤周作記念館

 驚くほど美しい海。スコセッジの映画「沈黙」で台湾でロケされた景色が、ダイナミックすぎると思っていたが、開発がない江戸時代はあんな感じだったのだろうなあ。たぶん、遠藤がかよった60年代前半も。だからこそ、あの小説はこの場所にささげられたのだろう。記念館の展示によると、「沈黙」は結核療養中から十年ぐらい取材をして、書かれたらしい。試作的な小説やら資料の数々が展示されていた。生きるあかしを求めるつよい気持ちが残されていた。

 

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  夕日を求めて二時間ほど、そこの道の駅にいた。道の駅は地域の物産館の役割をしているようで地元の人が多かった。新鮮な魚や野菜もある。美しい場所だった。

車での帰り道の黒崎の集落に落ちる夕日。そして、外海のキリシタンは雲のむこうの五島に散っていったらしい。

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 帰りに量販店やパチンコ屋が多い猥雑な海岸をとおった。どうやら三菱の造船所の裏手らしい。トンネルを抜けて、その間10分ほどで、長崎駅のレンタカー屋さんに戻った。この山がさえぎって、無傷で戦艦武蔵が造船された日本最古の造船所が残たのだと実感できた。ここが目標だったのだろう。そんな、複雑で重層的な長崎の歴史を感じながら夕方からとっぷりとした夜が始まる時間を楽しんだ。続きます

長崎への旅

 

 作家の星野博美さんのキリシタンの苦境をえがいた「みんな彗星を見ていた」を読んでから、長崎を再訪してみたいと思っていた。大学の卒業旅行で、天草、平戸、長崎に行った。あの当時は、友だちにあつかましくも、おまかせで、その意味もわからず、天草の崎津の教会に行き、そこでぺらぺらのメダイを買った。なんとなく捨てられず、ずっと持っていた。平戸のザビエル教会に感心したりもした。今はつきあいのない友人が、何を考えていたかもっと突っ込んでみるべきだった。楽しかったけど、不思議な旅だった。

 まず、長崎空港へ、深夜、何気なくみた「久保みねヒャダこじらせナイト」のなかで佐世保出身の久保ミツロウさんが長崎ちゃんぽんを空港で食べていたのを思い出して、夫と食す。真面目で誠実な味。これはまず、名物を食べるという満足感に満たされて、ほんとよかった。その日のおやつに、長崎にしかない松翁軒の五三焼きカステーラを食べたが、これは友人の推薦で、夫によると、長崎の一番の思い出はこちらのカフェだそうだ。長崎弁の和やかな会話が聞こえ、路面電車の音が聞こえる、飾り気のない休日の空気がよかったようだ。こういった喜びも誰かしらのおかげでありますな。

 

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 まず、星野さんの本にある長崎駅裏の二十六聖人記念館に行った。その土地、西坂でおこなわれた、秀吉による初めての殺戮がどれほどのショックだったか。ほぼ、となりにイエズス会の長崎本部とその病院あとがあり、信長の記録で有名なルイス・フロイスが、直後に急死したとの記念館の記述があった。

 病院あとは、中国人むけの黄檗宗の寺で、原爆で被災、再建されていた。しかし、となりの黄檗宗の寺の山門は江戸時代のもので、このあたりが原爆の被害の境目なのが見えて、生々しかった。長崎と空港がある大村が近いのに驚いたけど、長崎が初のキリスタン大名、大村純忠の領地で宣教師たちに寄進され、開発された土地であることを知った。キリスト教と骨がらみの土地に原爆が落とされたのは皮肉だ。

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記念協会から、隠れキリシタンが発見された浦上の町がみえる

 

 殉教者がさらされた道をてくてく下って、長崎奉行所あとの長崎歴史文化博物館へ。青貝細工の企画展があり、その鮮やかさに驚く。名物を食べても思ったのは、長崎の名物は、すごくわかりやすい。肉にえび、おいしものをてんこ盛りしたちゃんぽん、卵とさとう、シンプルなカステラ、まじめに作ると誰でもわかる良さだ。長崎奉行所が内部に再建されていて、長崎の歴史が大体わかるように作られてて、穴場だと思う。

 すぐそばの小学校の地下、五年間の寿命だったサンドミンゴ教会跡へ。信者だった長崎の代官が寄進した土地らしい。ドミニコ派は最も貧しいひとによりそった。彼らがいちばん犠牲者をだしたそうだ。

 夜間開放されているとのことで、夕食後はグラバー邸に。いくつかの明治の居留地の住宅が集められた長崎観光の目玉だ。今の時期でラッキーだったなあ。建物からはグラバーの家庭への幻想がかんじられて、ちょっと、ぞくっとしたのは、夜だからなのだろうか。

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 バラのしつらえが立体的できれいだった。ものすごく贅沢に使っていて、こういう庭園はめずらしいのではないだろうか。

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グラバーの盟友だったリンガーの邸宅

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 二次大戦終戦間際、身寄りのなかった息子の未亡人がイギリスに強制送還されたらしい

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満月で大浦天主堂がくっきり見える。

信仰と資本主義、ロマンと欲望なんかを感じてしまった。

続きます

瀬戸内寂聴「奇縁曼荼羅」を読む

 佐藤愛子さんと瀬戸内寂聴さんの対談を読んで、はじめて、寂聴さんの本読んでみた。「奇縁曼荼羅」。横尾忠則さんの人物の挿絵が気になって、読みたいなと思っていたのだ。文壇の仲間を中心にいろいろな人との関わりを記したもの。全4巻あるが、彼女と男女の関係があった作家との話で終わる二巻までが、彼女と濃厚な縁があった人との話で、あとはちょこっと関わったひとの話だった。

 二巻の最後の順番は文学上の師匠、井上光晴、そして、誘惑しようと会いに行った島尾敏雄、そして、無名の作家だった不倫相手なんだから、恐れ入る。まだ、売れなかった寂聴さんが雑誌の仕事で行った奄美で、文学館かなんかの案内をしてる島尾にそっと寄りそって、元軍人のたくましい体の匂いをかぐなんて、リアルだなあ。作品を見て、ひっかけてやろうと思ってたんですね。今、あのひとの非常識が、ときどき、話題になるが、そういう人なんだと思う。草間彌生なんかと同じ枠ですね。かわいいともいえるけど、怖い人だと思う。

 作家になると業が増すのね。文学を志すとはどういうことか、どんなひとが名をなしたか。かつてあった、文壇というものがどういうものか、志すひとがいかに多くて、売れたひとは、その中の選りすぐりだったのかが見えて、興味深かった。同人誌で仲間を集め、切磋琢磨しているのって、今のまんが界みたいだ。そういった、文化の中心が小説だった時代の良き思い出ばなしともいえる。

 

奇縁まんだら 4巻セット

 挿し絵がいい。この肖像画たちにはげまされて書かれた評伝だとおもう。

それでもこの世は悪くなかった (文春新書)

こちらも、文学者の家に生まれ、戦争にもまれ、生き抜いたひとのすごさ。

 

 

高畑勲さんが亡くなったこと


じゃりン子チエ TV版OP/ED

 高畑勲さん亡くなりましたね。そうか、よく考えてみたら、「蛍の墓」以降、やだと思いながら、全作品、映画館で見てるのですね。ファンなのかな。最高傑作は、やはり、「蛍の墓」だと思います。けど、一番好きなのは「じゃりン子チエ」です。

 結婚したてのころ、土曜日に必ず行く、ドライブの途中にお好み焼き屋があって、その店から、チエちゃん役の中山千夏のテレビの主題歌が聞こえてきて、今週も終わったんだなと感じさせられました。そして、日常は続くんだなとあと。そのころ妊娠と流産を繰り返してました。

 原作はドタバタなんですけど、底に暗い情念があって、それが映画では、ラストのチエちゃんたち一家の仲直りの観覧車の場面でぱっと広がるんですね。客観的にみえてしまう。親の前では、ことさら幼さをよそおう子供、そして、幼稚だけど、性的な魅力のある男、そして、その男にひきづられている女。中山千夏は子役で一家を養ってきたひとだし、てつ役の西川のりおは、北野武の奥さんの恋人だったひとですからね。もててたと思うよ。最後はあかん男のてつの元へよしえさんはかえって、日常は続いていくというもやんとした終わり方です。そういった意味では、映画として良くても、日常を描いたテレビシリーズのほうが気楽でした。

 「ホーホケキョ となりの山田くん」は、ご近所に住んでいた、いしいひさいちの原作でした。デビュー作「バイトくん」の表紙のひとつが、父が行ってた好楽というパチンコやさんで、父に原作教えてもらいました。友達がアテネフランセに通っていて、彼のおじさんと知り合いになってたりしてね。誘われていったベルイマンの「処女の泉」の上演会にこられてました。そんなかんなで、やはり見に行きました。平凡な人たちの平凡な日常への愛って、生真面目にやられるとつらい。そのころから、高畑勲は、ますます見づらい映画を作るようになったかな。

「おもいでぽろぽろ」では農村の人たちのエゴを、「ぽんぽこ」では熱いニュータウン批判、痛いなあ。最終作の「かぐや姫の物語」では文明そのものを。亡くなられてから、これも最近亡くなられた雨宮まみさんのすぐれた批評がSNSに出回ってきてましたが、当時は読んでて避けてました。そうなんですね、美人とか、すぐれた人って、人としてさえ扱われなくなるっていう言葉は重いですね。でも、優劣で争って、特別というかせを利用して生き抜くというのが文明なんですね。最後にプロデュースした「レッドタートル」にいたっては、カメと結婚した主人公の息子は亀になって海に帰っていくという、人間つまらんという結論ですもん。これから、去っていく高畑勲はいいけど、俗にまみれた私たちはどうしたらいいでしょうか。そんな宿題を残して、彼は去っていったなあ。お世話になりました。お疲れ様です。

 

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