oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

青春の痛みとカップヌードル

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 アメリカの大学で問題になっている学生ホームレスのドキュメンタリーを見た。高卒と大卒では、給料も待遇もぜんぜん違う。だから、多くのひとが大学をめざす。しかし、ハーバートとかの名門校だと卒業するまでに二千万ぐらいかかるらしい。まして、世界から入学生が集まるので、値上げしてるところもあるすさまじさだ。それを補うため、奨学金や学生ローンも借りてしまう。それで、とうとう、食料にも困るホームレスにおちいっている学生が、増えているらしい。もともと優秀だったりするし、何よりも若く弱いひとだ。それに対するカルフォルニア州立大学の取り組みを取り上げていた。

 アメリカの大学は、今や産業なんだと思い知らされる番組だった。それは日本もまねして、うちの近くの大学は常に新しい新校舎が建てられ、なにより、野球を見に行く横浜球場の広告が、ほぼ大学の広告で埋まっていた。今はそうでもないかな。

 そんななかで、学生さんがボランティアからもらった、暖かいカップヌードルをほっとしながらすすっている。カップヌードルが、アメリカで人気なのは知っていた。ドラマ「Sex and the city」で失恋したヒロインがすすっていたからだ。むこうでも、若くて心細い若者の友なのだなと、涙が出そうになった。実はわたしの父はカップヌードルの元祖、チキンラーメンの最初のモニターだった。正確には、モニターだった医学生の友人が、チキンラーメンを作った安藤百福さんの持ち家のアパートに住んでいた。彼は陸軍士官学校を卒業して、中国の満州で将校をしていたが、戦後、北浜の株屋で働いていた。何か思うことがあって、そのお金をためて、医学を志したのだ。また、キリスト教系の病院にいて、アメリカ人スタッフとの給料の格差に抗議してやめた。そういうひとなので、彼と親しかったらしい。

 そこは、たまたま、夫の生まれた家の近くの市場のそばの、日のささないジメジメした用水路ぞいにあった。父が話してくれたのも、その場所がまだあったからだ。なごりの汚い小鳥やがあった。結核やみで、ギャンブル好きの、ずいぶんと年下の父に、兄のように接してくれた人だ。

 彼は、新潟人で、田中角榮の村の庄屋にあたる家の娘さんが、お母さんだった。若いころ、満州で彼が何を見たか、それは家族も友人にも、ばかばかしいと、一切語らなかったそうだ。ハンサムで、俳優の神山繁さんにすごく感じが似ていた。サントリーの工場のちかく、大山崎山荘が、維持が難しく会員制だったころ、会員になって、私たち一家とその友達まで招待してくれた。なかのレストランで肉か魚を聞かれたとき、子供たちは、無邪気にステーキを頼んだ。後で、父にえらく叱られたのを覚えている。色々と心配だったのだと思う。

 また、総ひのきの別荘を買ったのでと、遊びに行ったことがある。父と弟とはいったひのきのお風呂は、とてつもなくいい匂いがした。でも、お堂のような作りの家は、青畳が広くて、ふるえて眠れなかった。

 のちに下町の開業医をしててもつまらないし、故郷に帰れないと、その近くに医院をたてた。しかしながら、お金が大好きだけど、うんと優しいところもある彼は、どこか、世間知らずだった。引っ越した場所は、かの八つ墓村のモデルになったところの近くなので、医院は、てんで流行らなかったらしい。なんとも、勘の悪いひとだった。最後は痴呆を患い、ほぼ、狂乱のなかで亡くなった。ひとり息子さんが家を出たあと、奥さんがひとり、必死に介護した。そして、彼女は、その施設の職員になって余生をすごしたと聞く。彼が戦争のなか、何を失ったのか、遅い二度目の学生時代、何を思って、チキンラーメンをすすっていたのか。奥さんが夫の狂乱に何を感じていたか、すべてはぼんやりとしている。

 大学を無事卒業しても、ローンを返しきれない人が増えていて、ついにニューヨークでは、州立大が無料化になったと、その話は終わる。生きるということは、自分には、どうにもならない世の中に左右される。そんな、ためいきを、今は世界中でカップヌードルは支えているらしい。

   

 

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

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 この本のなかで、田中角栄とご当地ラーメンについて触れてたので、貼り付けてみました。色々とヒントがある