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oohaman5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

「鬼才 五社英雄の生涯」大衆的って何だろう。

 

 

 私は五社英雄のファンでないので、いくつかしか見てないけど、そのなかで、「陽暉楼 」が一番好きだと思う。普段テレビであいまいな演技をしていた女優さんたちから、演技を絞りだした華麗な映画だ。特に浅野温子をテレビだけで知ってる人は、びっくりすると思う。この映画は、辛口な淀川長治さんがめずらしくほめていて共感した。最初の、池上季実子演じる芸者の桃若が、初めて敵役の彼女に会うシーンがすきなんだな。桃若が粋な着物に身を包んだ芸者衆をひきつれて、陽暉楼の広い廊下から大階段を上っていく。そこを彼女が呼び止める。映画の大画面にはえる映画的なシーンだ。それから、なんだか、大袈裟でゲスな映画になってと、芸者やの子で、モダンな贅沢を知り尽くした淀川さんは流してしまう。しかし、この映画は、そんな芸者の世界を背景にした映像と演技で情念をえがいた映画だ。多くの人にアピールするのは、そんな誰の底にもある情念を映像にしたからだと思う。普段、映画とかみないひとにもわかりやすい、大人の世の中をよく知ったひとが作る、エンターテイメントだ。

 五社英雄芸者置屋の出身だという話を聞いたことがあるが、この本によると、本人自称のまるっきりなうそだそうだ。淀川さんははったりを見抜いていたな。話はそれるが、彼は、幼いブルック・シールズを主演にした、ルイ・マルの「プリティベイビー」をほめていた。「私も商売できたよ」と本人がロリコンを肯定し、娼婦たちがほめそやす遊女屋こそ、リアルだと言っていた。渦中のひとたちは、カタギの世界と対立しない。ふあふわと夢をみながら滅んでいく。淀川好みの芸術作品だ。しかし、尖ったアートは、人を突き放すのだ。

 ほとんどのひとはそういった悲しい肯定感を、人ごとで痛ましいとみる。多くのひとが好奇心をもって、安心して見られるのは、ドラマテックな対立だ。女性の私からも女性のなかの男性性で生き抜く女性たちは共感できる。五社監督はヤクザや芸者といった人々の周辺に育ったひとのようなので、知っていて、それも踏まえているから、淀川さんも「陽暉楼 」は気に入ったのではないかな。どの映画も彼の人生を反映し、切実なエンターテイメントを志していたと感じた。

 この本は私が見ていない、黒澤映画の暴力性を意識した、初期のテレビの時代劇の革新的なこころみについても丁寧に書かれている。大好きな丹波さんのとぼけた姿もいい。映画好きなひとに評価が低いのは、晩年の欠点が浮き出た多作が原因であることもよくわかった。馬力のあるひとの欠点でもあるな。

 春日太一は、映画のはなしをお仕事話として語るのが新鮮だ。昔、NHKでやっていたアクターズ・スタジオの講師が、役者さんの仕事の話を聞く番組があった。ちょっと難しい人でも、仕事の話だと語れる人は多い。仕事のはなしはどう生き抜いたかの話なので、参考にもなる。どうして、日本のマスコミは、こういったスタンスがないんだろうと思っていた。

鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

 

 

 

 

 

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