oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

「人間の絆」産業革命はイギリスで起こった

 ドラマ「私を離さないで」終わりましたね。見ているとサマセット・モームの自伝的小説「人間の絆」をしきりに思い出した。知識階級出身だが、親に死に別れた主人公は牧師をめざし寄宿学校に入り、醜い容姿に引け目を感じならがらすごす。牧師、芸術家になることに挫折し、医学生をめざすが、またまた、野心家の性悪な美女ミルドレットにおもちゃにされ、医師への道を挫折しかかるが、立ち直る。そんな青春の痛みを描いた小説だ。かつてはよく読まれ、映画化もされ、ミルドレットは往年の大女優ベティ・デイビスの圧巻の演技だったらしい。

 サマセット・モームは、幼くして親をなくし、牧師である叔父に育てられ軍医にまでなり、大ベストセラー作家になったひとだ。しかし、ゲイでイギリスの秘密工作員でもある。彼はゴーギャンの生涯をモデルにしたといわれる代表作「月と6ペンス」でもみえるように、人間の獣性と神聖にひきさかれたすがたに惹かれるたちだったようだ。ミルドレットと同じく、この小説の主人公も業病に侵されて死ぬ。

 彼の人間性をつくったのは、ネグレクトといえる寄宿舎学校の生活で、それはある種、大人の治外法権ではあったけど、弱い立場の子どもの地獄でもあったんじゃないかな。そして、それが憎むしかないのに、愛さずにいられない永遠の女性を彼に呼び込んだんろうと思う。このヨーロッパの寄宿舎ってなんだかですね。私がこの小説でミルドレッドの話以上に印象に残ったのは、医学に戻ると決意した、終盤の小説の大人になった主人公が同級生たちは暗かった自分のことを決して覚えていないと感じながら、かつての学校を訪ねるところと医学修行の話だ。

 主人公は医学の修行のため労働者階級の地域で、30にもならずに、病やアルコールに侵されて死んでいくひとの医療に携わる。そして、最後、若く美しい夫妻の出産とその喜びに立ち会う。しかし、彼らも遠からず、生活にまみれていくのではないかと思う。朝方のテムズ川の岸から、朝日のなかの向こう岸のシティの近代的な風景をみながら、けっして、彼らが岸を渡って、それらのひとたちを罰することはないのだと思う。そして、自分の修行は終わったのだと感じる場面だ。この修行の実感はモームの実体験をもとにしてるせいか、ものすごくリアルだった。その後、物語は主人公が医者になり、たくましい中流階級の婿になることで収束する。でもこのひとつの悪夢だった青春が終わり、朝を迎えるこの朝の描写こそがこの小説の現実なんだろうと思っている。

 小説の外の現実は、その後、労働党が発足し、多くのしかばねを乗り越え、労働階級の生活は長い時間がかかったが改善され、小説のようには、幸い続くかなかった。しかし、移民が現れ、虐げられるひとは変わっていっただけだったかもしれない。シリアで、アフリカで今も同じようなことが今も起きてる。人間がエゴでしかないとしたら、生き抜くということは、誰かをどこかで踏みにじって生きていくことには変わりないのだろう。イギリスで起きた産業革命は快適な生活をみんなにおよぼした。しかし、それは、人間の獣性をなくしたことではない。モーム自身が闇を抱えたように、ひとが生きるってことはどんな立場でも並大抵ではない。カズオ・イシグロの小説は、代表作のひとつで、執事の生涯を描いた「日の名残り」もそうだが、イギリスの文化や歴史を部外の目で学び直すことで、改めて、生きることの意味にこだわりすぎる近代を考えてるような気がする。そんなことを考えながら、この小説を思い出した。

 

人間の絆 上巻 (新潮文庫 モ 5-11)

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人間の絆 下巻 (新潮文庫)

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