oohaman5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

最近、読んだ本 詩について考えてみる

 「かないくん」谷川俊太郎 松本大洋

 子供の頃、夏休みがすぎると、いなくなる人がいた。小学生は大人の枠の中で過ごしているのである。また、子供なので、深く付き合うには体力がない。記憶だって、そんなに続かない。それゆえ、他者と自分が曖昧だ。それ故に、自分の分身のように、死をうけとめる。

 死は突然いなくなって、それでも、他者は日常が続くということだ。そんな、実は、みんながぼやっと思うことを、老年になってまで、求めることが詩人なのだろうな。そんなことを思う絵本だった。松本大洋の絵巻のような日本的であり、モダンな絵がしみる。

 

 

かないくん (ほぼにちの絵本)

かないくん (ほぼにちの絵本)

 

 

 

 

 「カミを詠んだ一茶の俳句」山尾三省

 小林一茶のことは、知らなかった。「やせがえる負けるな一茶ここにあり」とかの、なんだか、ぬるい句を作る人。もう少し、知って、田舎の実家の跡取りになることに執念を燃やす、意地悪おやじ。

 この中にある、信濃の生活の実態を描いた、一茶の日記はすごいと思う。今村昌平的な世界だ。一茶は農民の中から生まれた、詩人の先駆者であったのだなあ。先行する芭蕉らは、豊かな生活からのドロップアウトだけれど、彼は違ったのだなあ。江戸に出て、職業俳人になる、その、趣味人的生活のうそを嫌い、故郷にもどった。そのことで、生活苦から、詩人としては途中で終わってしまった。しかし、その中で本当の詩を歌ったのである。

 

 雪とけて 村一ぱいの 子どもかな。

 

 人間のいとなみは所詮、動物と同じ、群れとしての種を残すこと。そして、できれば、自分の種を残すというエゴであることをふまえるとこの句の見方は変わってくる。

 でも、わあわあと、はしゃぐ子供たちが浮かんで、明るさを感じさせる句である。死と隣り合わせの生活の日々のなかの一瞬の希望。それを、軽みをもって、えがく。それが一茶の詩だったんだ。

 

 

 

カミを詠んだ一茶の俳句―希望としてのアニミズム

カミを詠んだ一茶の俳句―希望としてのアニミズム

 

その後、雪解けのころ、一茶の故郷、黒姫山のふもとの村に行ってきました。 

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