で、「夕顔」の巻のはなし。光源氏が京都の下町に病気の乳母をお見舞いに行った帰り、ぶらぶらしていると風情のある夕顔がからんだ塀があったのですね。その家を興味深くのぞいてみると「めのわらわ」という子供の女中が出てきて、誘ってくる。夕顔っていうのが象徴的で、白いきれいな花が咲くのですが、実が海苔巻きのかんぴょう、あれの材料なのですね。食べ物の材料をかざりにする下世話なんです。
ちなみに朝顔の君って登場人物もいて、こちらはさる天皇の皇女さま、男を寄せ付けない清冽なお人柄の女性です。でも、退屈な話だったのでしょう。そちらの短編は伝わっていません。たぶん、夕顔はその対称です。彼女はさる貴族の愛人で暇つぶしに男を誘ってみようという感じの人です。自分の好奇心に忠実です。
で、夜忍んで行った源氏は、はかなげでふわふわした夕顔といい仲になります。よせばいいのに、郊外の山荘に行って逢瀬を楽しもうとします。ところが源氏を恨む物の怪に襲われ、女は突然死してしまいます。
この当時は都市化が進み、昔ながらの妻問いがとてもリスキーになっていたのがわかります。村の農作業で会って渡りをつけた女性とか、親戚の女性に夜会いに行くような時代ではない。
都市の人口も多いし、なりわいも多様です。昼間はガチャガチャと子供の泣き声やら職業音が聞こえてきても、夕顔がにぎやかに咲いていても夜の闇は恐ろしい。人の背景がわからない。どんな女かわからない。犯罪者だったりする話もあります。幽霊だったりもあります。この物語もそういったホラーものです。夕顔って昼間の明るいとき、たくさん咲いて青空にはえたりするんだけど、夜になると白い大きな花が不気味なのです。夕顔の特徴をふまえて、日常と怪異との境目を象徴する花になっているのが渋いです。読んでる人は怖いだけでなく、その新味にうなっただろうな。すでに説話でなく心理の闇をえがく小説なんです。
で、長編化するにあたって、書き足されています。もののけの正体、そして、友人の愛人で女の子もいたこと。これ大事なことなので心にとめておいてください。そうして、落ちぶれたブス女である末摘花、オールドミスで分別臭い花散里、そういった短編を読者に提供していた紫式部は「若紫」の巻に行きつくのです。それから、長編化がはじまったようです。続きます。