oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

遠藤周作「留学」

 

遠藤周作文学全集〈第2巻〉長篇小説(2)

遠藤周作文学全集〈第2巻〉長篇小説(2)

だなと思った。 

 

 遠藤周作は、かつてネスカフェゴールドブレンドのCMから読むようになったから、狐狸庵先生のイメージがつよい。面白いエッセイをさかんに読んだけど、真面目な人が無理している感じが独特だなっと思っていた。だから、今回、全集で180㎝の立派な体格な人と知って、ちょっと驚いている。ふつうはいじめられっ子ではないはずだ。横浜の近代文学館の展示で、公に書くきれいな字とプライベートの手紙のくずれた字の格差に、抑圧がひどい人なんだなってうっすらと感じたが。

 この小説で、大学講師時代の彼がマルキ・ド・サドの研究をしていたの知って、びっくりした。きっかけは、中で描いてるように、だれもやっていないことを求めてなんだろうけど。私が、彼の小説を読むようになったわけもそんなもんだしな。しかし、なぜにそれに執着するか、そう、それが問題ですね。そこには何かしら強く響くものがあるからだ。遠藤は、留学でその研究に熱中して、わずらっていた結核が悪化して、命にかかわる長期入院をしいられた。

 その体験を複合的にまとめたのが、この小説「留学」だ。そこには、カトリック信仰の狂信性とつよい人種差別が描かれている。そして、その他の地域の人々のルネッサンス以降の欧米の化学的な成功による豊かな生活への渇望を。そして、カトリックの抑圧に伴う、変態性への誘惑も。

 拷問をえがいた「沈黙」が、マーティン・スコセッシにあんなにもにひかれたわけだ。考えてみれば、前作は乱痴気騒ぎをえがいた「ウルフ・オヴ・ストリート」ですよね。こちらの映画はヘタレな私は見てないけど、評価の高い作品でお客さんもたくさんはいった。彼は善良な映画オタクだが、ひどい麻薬中毒だったことでも有名だ。

 「沈黙」の前作である「留学」は、構成が複雑だ。遠藤が分裂したらしい登場人物たち、キリシタン時代の初めての留学生の記述、そして、サド研究の体験、いろんな要素が混とんとしている。けっして、成功した作品とはいえない。けれど、描かなければいけない小説なんだなと思った。

 しかし、作家は小説のなかでは、そう、うそはいえないんだな。彼に洗礼をうながした、上智大学の教授でもあった宣教師は、秘書とできて信仰を捨てたらしい。それまでには、遠藤一家とのめんどくさい葛藤もあったようだ。「沈黙」はその事件をふまえ、歴史的な西洋と日本とのかかわりの原点にもどって、人間のややこしさを描いた小説だったんだなあと思う。それを作品に昇華するのに、命の危険と長い年月が必要だったのだ。そして、島国である日本の私たち、遠藤も悩んだ、常に新しいことはは海のむこうからやってくるが、それを同化して生きていくという、私たちの生き方の精神の課題があるのだなと思った。