oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

映画「タクシー運転手」運転するってことについてのあれこれ

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 ソン・ガンホの庶民的な笑顔のポスターと若いころ起こった光州事件の不可解さに心ひかれ、映画館に行った。わかんないことをと思ったけど、きっと、この映画は大したことないひとの目線で事件をみせてくれる、そんな気がした。人のきゅう覚はするどいものだ。もやっとしたことを知った年配のひとが多かった。お隣の老夫妻はめいっぱい笑い、涙していた。なぜ、タクシー運転手が光州の事件で活躍したのか。なんとなくわかったけど、言葉にならないもどかしさがあった。その晩のTBSの荻上チキのラジオで背景を聞いて納得できた。

 思い出したのはイギリスの貴族のお城を舞台にしたドラマ、「ダウントンアビー」だ。はなしは、まだ、馬車が走っていた第一次世界大戦前から、自動車レースが花形になる第二次世界大戦前でおわる。女性のドレスのすそが短くなったのは、そのたった15年ほどだった。その中でアイルランド人の運転手が、重要なキャラクターとして描かれる。彼は独立運動の闘士で、雇い主の貴族の女性と結婚する。新しい技術を身につけた運転手が、教育がないのが当たり前の使用人の世界で向上心があり、その過程で社会的な関心を持った人物が多かったということなんだろう。もっとも、彼は母国では自作農らしい。外国人でもある。そのあたりもうまいなあと思う。

 このころ、やっと、人々は学校に通いだす。若い人は、小学校程度の読み書きができる人がその立場を脱していく。最初のころはご主人さまとうなだれていた村人が、最終話のころにはお城の見学会で美術品を鑑賞する。たぶん、その間に教育がある人が増えたのだ。このダイナミズムがドラマの面白さだった。

 ラジオによると80年代の韓国は、まだ、義務教育が小学校までだったらしい。まだ、字が読めない人があたりまえにいる社会だった。その中で、免許を取るということが、いかに努力がいるかわかる。韓国の進学熱を面白おかしく報道しているけど、学歴は長く、お金で買うものであったのだ。

 そのなかで、優秀なこどもは、学費がほとんどいらない士官学校をめざす。国家に養われていた彼らが、国家によっかかって、エリート意識が強くなり、人を人と思わないのもわかった。まだ、戦争のかげで前近代がのこっていた。みんなが徴兵制で参加した朝鮮戦争ベトナム戦争があったし、抑圧する側も反抗する人も暴力がみじかにあった。しかし、まわりの世界はどんどんと変わっていく。光州事件は、そんな社会の急激な変化の中で起こった悲劇だったんだと思った。そこのところが隣国ではピンとこなかった。

 映画は最後、とんでもないエンターテイメント展開して驚くが、監督のそんなこんなの、かつての理不尽にがまんできないっていうのが感じられて、私的にはいいなあと思う。そうか、運転するってことは、主体的につながる、何かがあるのだと思った映画だった。

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