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oohaman5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

いまさら小林秀雄をよんでみた

西行 読書

 吉本隆明の「西行論」をよんでいると、小林秀雄の「無常ということ」で西行について書かれたことで、本を書いていることがわかった。なかで紹介されている地獄絵をみてという連作で仏教者としての西行を知ったことがきっかけだそうだ。歌詠みとして知られ、仏教をもとめた、その一面はほとんど忘れ去られていた。それを戦争中、再評価したのが小林秀雄らしい。

 こんな歌だ。

 なべてなき 黒きほむらの 苦しみは 夜の思ひの 報いなるべし

 火に焼かれる男女みて、性愛の業を歌っていて、すごく近代的というか普遍的だ。いろいろな性的放埓の快楽のうらの苦しみを、率直に歌っている。吉本によると、不倫、同性愛まで歌ったんじゃないかと推測している。若き日の西行がそういった性的放埓を行ったか、はたで見ていたかはわからないがあの時代そこまで感じて歌にした。つぎに紹介されたのはこんなだ。

 あはれみし 乳房のことも 忘れけり 我悲しみの 苦のみおぼえて

 これは地獄絵の母子のくるしみをみて、おっかさんにあんなにすがっていたのに、母が苦しんでても、いまは自分のことしか考えられないということらしい。

 白洲正子の「西行」にも、この小林秀雄のこの部分の文章に感動して、全国の西行の足跡を訪ねたことが書かれていた。白洲正子は、直接、小林秀雄に師事し、ついには子供同士が夫婦になったほど入り込んでいる。小林秀雄中原中也との関係もそうだが、過剰なひとようだ。中原中也との関係は「親なるもの 断崖」の曽根冨美子がマンガ化してるようです。はい、読んでません。苦手なはなしです。

 苦手だったけど、それならば小林秀雄の文読んでみようと「無常ということ」が入っている「栗の樹」をよんでみました。入試でよく出てて、むずかしくていやだったので、彼をがっつり読むことになるとはうそみたいだ。読むのにすごく時間がかかった。こういった本をサクサク読める人がいて、世の中ってなんて広いんだろうとときどき思う。

 最後まで読んでみると、ラストの昭和二十四年、なぜ戦争になったかをからめ、それまでの自分を整理した、「私の人生観」が圧巻だった。恵心僧都明恵西行といった名前が思想史としてでていて、白洲正子がその後を追って本を書いていったのがわかった。私が中学時代よんだ河合隼雄明恵のはなしも小林がヒントなんだな。そして、若き日のドフトエスキー論。日本人がドストエフスキーを読み続けてきたのも彼の批評によるところが多いようだ。彼によると西行ドストエフスキー的人生を送ったひとだそうだ。そうですか、いつか「カラマーゾフの兄弟」読んでみます。彼はアレクセイなんだろうか。日本の封建制が戦争の原因だということその当時の風潮に、それは軍人をはじめ人々の、西洋のいいかげんな付け焼き刃な文化の学習が原因だと、鋭く迫っていて面白い。

 そのほかちょっと面白いと思ったのは、戦後すぐ、鎌倉駅前で虐殺写真の展覧会があって、あかちゃんづれの主婦なんかも含めてたくさん見に行ってたことをさりげなくエッセイにした文章だ。なんと残酷にすなおな、そういうふうに死がみじかで他人事なことに鈍感な時代ってあったんだとおもう。

栗の樹 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

栗の樹 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)