oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

清水宏 「小原庄助さん」絶望を笑い飛ばそう 下

 さて、清水宏の「小原庄助さん」は、戦前の時代劇スター大河内伝次郎を主役にした映画だ。その妻の役は、介護用ベッド、パラマウントベッドのCMでおなじみのおばあちゃん、風見章子だ。初めて若いときの映画を見たよ。なかなかに上品でむじゃきな奥様ぶりである。そして、ロケ地は、会津で撮られたのではなく、清水の故郷、伊豆であるらしい。大きなりっぱな民家がまだ現役で使われていて興味ぶかい。

 戦後、架空の田舎の面白い話として、昔の地主がどのように没落していったかをのんびりとユーモアを交えて描いている。農民役の田中春男がこてこての関西弁を使っていたりして、いたってラフに作られている。しかし、主役の大河内伝次郎は、京都の「大河内山荘」を作った大金持ちであり、映画界のリーダーのひとりだった人だ。風格があり、戦前の旦那さまとはどんな人か、どんなふうに人につくし、筋を通したか、背景からにじみ出てくるのである。そして、その男がお茶代わりに酒を飲む大酒のみで、周りの人々にも気前よくお金をあげてしまって、没落する。そんな話だ。しかし、今見ていると、あの飲み方はあきらかにアル中である。朝寝、朝酒、朝湯の人である小原庄助さんを意識してだろうけど、なんだか見てて辛いものです。

 もちろん、これは清水宏自身の話でもある。そして、没落した主人公はどうするか。町を妻と出て行く主人公のロングショットに始という文字で終る。そして、ご陽気に「ああ〜会津磐梯山は宝の山よ〜」と民謡で歌い上げて終わるのである。なんだか、前向きで明るいのである。清水宏の戦後もこの映画の小ヒットで、また始まったのようだ。何でも、子どもの無い彼は妻と、戦災孤児を集めた施設を伊豆で経営したらしい。子どもたちを映画にとって、気前よく子供たちにお金をバラまいて、そして一緒に遊ぶ彼は、子どもをおもちゃにしていると相変わらず評判が悪かった。失敗して、それでもお金をちゃっかり持って京都でなくなったらしい。どこまでも、いやな人なのである。しかし、彼の人生が忘れられたあとに見る、残った映画からは、美しいものが残った。「しいのみ学園」という最晩年の映画しか見ていないが、そこには、確かに素朴な子供に対する愛がある。そして、戦前の「按摩と女」で、実際の視覚障害のあるたくさんのあんまの温泉地での生活のようす、そして、「有りがとうさん」における伊豆の山道を作る白い民族服の朝鮮人の人々といった、ただ記録されただけだが、しいたげられた人へのまなざしは確かに暖かさが感じられる。この白黒の作品たちもいつか忘れられるだろう。しかし、そのDNAは確かに見た人のどこかに残っているのだと思う。で、清水宏にならって、「小原庄助さん」の民謡を記録しておく。これも忘れ去られるものだからだ。

会津磐梯山は宝の山よ
笹に黄金がなりさがる

何故に磐梯あの様に若い
湖水鏡で化粧する

北は磐梯 南は湖水
中に浮き立つ翁島

主は笛吹く私は踊る
櫓太鼓の上と下

小原庄助さん 何で身上(しんしょう)潰した
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで それで身上つぶした
ハア もっともだ もっともだ


小原庄助さん 伊藤久男、赤坂小梅、鶴田六郎、久保幸江 - YouTube

 

 

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