oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

曾野綾子 罪とはなにか。

 日本の戦後の作家として、曾野綾子の小説はとても大切な足跡だと思う。いわゆる第三の新人の作家は、庄野潤三遠藤周作、そして、曾野綾子と多くの人がキリスト教文化の教養を受けた人々だ。彼らは、戦前のモダン文化とエリード教育の恩恵を受けた親に育てられた。私が、なぜ曾野綾子を読んでいたかというと、田舎出の父の実家のあこがれに、無意識に影響を受けたからだと思う。夫婦共稼ぎの作家さんで、家とかにしばられてなくて、新しい生き方を感じた。そして、美しくたくましい女性だった。

 「夜明けの新聞の匂い」を中心に彼女のエッセイをたくさん読んだ。昭和と平成の前後のエッセイには、ずいぶんと励まされたものだ。また、ハンセン病などの取り組みのすばらしさ、パレスチナの現実の報告など色々とためになった。三浦朱門との結婚のいきさつを書いた「幸福という名の不幸」も読んだと思う。するどく男女の恋愛を描いていて、人間の痛いところをついていた。一見純情な女性のなかの欲望とか悪意が、面白かった。そんなに熱心な読者ではなかったが、嫌いではなかった。「天上の青」という小説が、桃井かおり主演でNHKドラマ化され、ヘブンリーブルーという朝顔を育てる主人公にえらく感じいったりした。犯罪を犯した男を愛した女性の物語だ。庭で何年か、その朝顔を育てていた。そのころ、私は、今のしんどさは、今までどこかで人を苦しめて来た報いかなあというという思いがあって、それは慰めになったんじゃないかな。

 曾野綾子さんのエッセイは歯切れがよく、皮肉が利いていてかっこ良かった。だから、たとえば、彼女のシンガポール絶賛はすっと共感できた。清潔な屋台で、好きな時間にいろんな民族の料理がいつでも食べられるのっていいなあと思った。私は、どぶ川にかこまれ、中学の同級生が、車のカギをあけて無免許運転するような環境で育った。だから、清潔な町で、犯罪がなく、みんなインテリで、男女が働ける所ってあこがれた。しかし、だんだんと若い人が結婚しなくて、子どもを産み育てない社会ってちょっとなあ、そして、能力がなく、ダメな人が国から追い出されるってどうなのよって思うようになった。でも、シンガポールがいい国であることは事実だと思う。しかし、それは、ヨーロッパを離れた白人が作った理想の国家をなぞった、いろんな我慢の上にあるひとつの達成なんだなと思う。だが、私たちが真似することも必要ないしできないしと思う。 私は、彼女のかかわっている福祉活動は、かつての白人の豊かな生活が植民地の人々の我慢の上にあったこととに対する贖罪と深く関わりがあると思っている。彼女自身が問題のある家庭から、その白人のキリスト教徒たちに救われた。その彼らが、やとった女中さんがそのお金で、家族に私たちの教育と文化が与えれるんだからと、いいわけして生きていたわけだ。その人たちへ複雑な愛が彼女にはあると思う。その罪の意識を内在化した理想を、彼女が内面化するのって、理解できる。ただ、そこには女中さん本人の文化への理解はない。

 でも、世の中が貧しかった時代では、それは現実的だった。この前、古い友人から、シンガポールの噴水をバックに、夫婦で写った年賀状が贈られて来た。ふーんと思った。私はもうそんなに素直ではない。でも、まるっきり、わからないでもない。曾野綾子の本、縁があったら、読んでみてください。いろんな意味で現実がつきつけられる。

 

天上の青〈上〉 (新潮文庫)

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幸福の王子

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