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oohaman5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

簡単に、毒親っていうけれどね。

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 私が、漫画家の谷口ジロー先生の名前を知ったのは、亡くなった父が、親友からもらった一冊の本でだ。彼の師匠の石川球太が挿絵をかき、そのアシスタントとして、名前がでてた。そのころから、好きな絵だった。だから、その後大活躍しておられることは、とてもうれしかった。

 うちの両親は、仕事的には、うまくいかなくて、どんどんと荒んだ生活をした人たちなので、親類から、弟、そして、私の夫から、今でも、よく言われない。私の結婚後も口も悪かったし、私たち夫婦に意地悪もしたので、疎遠になっていった。家のために絵描きをあきらめ、親兄弟をやしなった父は、家族に引きこもった。彼は、自分が才能がそんなになかったこと、好きであることをつらぬくこともなかったことを、知っていたのだと思う。子どもの落書きさえ批判し、感じやすかった私は、今、簡単なイラストも描けない。私は、子どもの頃、当たられて、精神的に辛かった。正直、父が60代初めに亡くなったとき、ほっとした。ちょうど、子どもが小さいときだったし、母が、体調を崩したこともあり、手助けがなく、大変だった。親に手伝ってもらえなくて、子育てが、辛かった。そのときは、文句を言っていたし、そうもなぐさめられもした。しかし、精神的に解放され、歪んだ見方で子育てをしていたのが、少しずつほぐれて、助かった。子育て中、いろんな人にすがりつき、子どもに迷惑をかけて、育てたのは事実だ。まあ、私も毒親といわれてもしょうがないところがある。しかし、子どもは育ってしまったのである。

 それでも、両親から、すばらしい贈り物ももらったと思う。父が、仕事が暇だったので、平日、美術館につれていってもらったりした。映画館にも、寄席にも連れて行ってもらった。幼いときは、パチンコやにもマージャンやにも行った。そこで、大人のみっともないけど、滑稽な姿もみせてもらった。仕事がら、いろんな人とかかわっていたので、面白い人にもあわせてもらった。母は、母性的であったかい人だった。いっしょにお風呂に入って、大きな背中を見るのが大好きだった。母が、もっと安心して、子どもを育てられてたら、あんなにも、子どもに執着しなかったろうなと思う。父が、ぼっちゃんで幼稚だったので、大変だった。二人は、仕事に対して、まじめだった。ふたりが、仕事で、ひどく落ち込んでいた事を覚えている。それに、年頃で親が見えるぐらい前の、関係のよいときは、家族で、何回か、ハイキングに行ったりした。冬の城崎温泉の雪も楽しかった。そんなころ、父からみせてもらったのが、この本だ。何度も、読み返して、火おこしなんか、やってみたと思う。今、文庫で、復刻されているのか、いい本です。

 

冒険手帳―火のおこし方から、イカダの組み方まで (知恵の森文庫)

冒険手帳―火のおこし方から、イカダの組み方まで (知恵の森文庫)

 

 

 今、思うに、親って、普通のだめな大人にすぎなかったなあと思う。そういう事を気づかせてくれたのも、親からもらった知恵なんだと思う。うちの親なんて、実はたいして、いい人でも悪い人でもない。もっとひどい親御さんも、たくさんおられると思う。しかしながら、それでも、恨む事だけをエネルギーにすることは、その人の真似をする入り口になりかねない。それは、長い間、生きて来て、少しわかったことだと思う。ん、こういう風に言うのも、ええかっこしいかなと思いながら、これを書いてます。