oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

日本人にしか、書けない 遠藤周作

 第三の新人で、一番読んだのは、遠藤周作だ。小説もたくさん読み、エッセイもほとんど読んだ。エンタテイメントとしても、サービス精神豊富な、彼の生き方が楽しかった。しかし、今、思ってみると、都市生活を描こうとしていた同世代の作家のなかでは、日本人にとっての宗教とはを追求した、彼は独自の存在だ。私は、都市生活の中での男のあやうさを描いた、吉行淳之介のほうが、その後の小説の主流じゃないかなと思っている。しかし、私は、ベストセラーになった「夕暮れまで」ぐらいしか読んでいない。うまいなあと思ったけど、若い、困った女に振りまわされる、都会の男の話って、私の生活にそぐわなくて、その後、読み続けなかった。途中で、家族にむかった庄野潤三とちがい、彼は、家族から離れて、浮遊したの男女の話を追求し続けた作家だと思う。それって、今では、都会では、ありふれた生活の姿かなと思う。

 遠藤周作を読む人って、古いしがらみにまみれた、生まじめなブスなんですよ。吉行淳之介は、彼の母を描いた朝ドラ「あぐり」などを見るに、しがらみから、はじかれた人で、その後の日本人の主流となる人生であるな。だから、ドラマの中で、かっこよく描かれていたと思う。遠藤周作は、お芝居をみんなでやってみたり、社会活動をしてみたり、社交的に生きる生き方を提案した人だと思う。しかし、幅広い人をあつめての活動って、今は、ださい。だから、遠藤周作が、晩年なんだか、ぼやっとした小説を連発したのは、時流に合わなくなったということも大きいと思う。なんて、ここまで書いててえらそうですが。なんて、上から目線なのだ。しかし、この遠藤の目線も大切だと、私は思ってます。もうひとつは、彼は、若いとき、「海と毒薬」、「沈黙」という、傑作を書いたことでのプレッシャーもあったんではないかと思う。

 「沈黙」は、神戸で生まれ育った遠藤しか、書き得ない小説だと思う。キリスト教、特にカトリックを外から眺めたものだ。背教者を、それが人間らしいと感じたというのは、西洋では、あってはならない話だと思う。あんまし、外国文学を読んでないから、えらそうに言えないけど。遠藤周作が、フランス文学を研究して、留学までしたのは、この辺りにそういった文学があったということだろうとは思う。しかしながら、私は、皮膚感覚で、神戸を知っている人には、共通にその感覚はあったと思う。手塚治虫が「アドルフに告ぐ」で、ナチスドイツに迫害されたユダヤ人も、その後、似たり寄ったりの醜いことをしたと描けたのは、同じように関西のキリスト教をとおして、西洋文化にあこがれ、焼け跡を体験したからだ。

 「沈黙」で、面白いのは、背教者の主人公が、日本のぼんやりとして秩序に組み込まれ、内面はともあれ、のんきに暮らしたように描かれていることだ。これは、「海と毒薬」で、外国人捕虜を生きたまま、研究のために、切り刻んだ男たちが、その後、罪の意識を感じさせないように社会に、組み込まれていったことにも共通する。しかし、彼らがいだいたのは、私が好きな「私が棄てた女」でも感じたのだけれど、棄てたという言葉に象徴される、棄てたくても棄てられないという感覚のゆううつさだ。そこが、私を始め、多くの人が、遠藤周作を読んだ理由だと思っている。「沈黙」は、日本人としての遠藤周作が、カトリックを受け入れない、日本人の真綿で包み込むような母性から来るキリスト教的堕落への誘惑の怖さ暖かさを描いたと、私は思っている。これって、日本人がよく言う、空気よめよってことですよね。そして、それが、敗戦を20代前後で受け止めた、人間のだめさに対する絶望感を背景にして、微妙な感覚を言葉にして、書かれている。そのあたりが、マーティン・スコセッシあたりの、欲望にまみれがちな、悩める海外のカトリックの信者の人に、受けたのではと思う。私は、西洋だって、イスラムだって、空気読めよって、あるんだと思う。特に宗教の周辺には感じる。その空気よめよって、いじめられてた人間が、よりうまくいじめられるようになるって、ありがちで、人間って、罪深いと思う。

 神戸で学生時代を過ごしていたとき、関西弁でしゃべる外国人たちにたくさん会った。彼らは、日本人より日本人らしいのに、同国人と結婚したがっていて、奇妙だった。日本に同化していながら、同化をいやがっていた。私は、ああ、生きづらいんダナと感じた。そして、遠藤を読みながら、その辺りの神戸の風土が、遠藤周作を育てたんだなあと思った。

 

沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

 

 

 

 

今は、沈黙もいいなあと思ってます。