oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

体と心 

 

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昔、ばあさんに、結核は心の病だと、聞いたことがある。思春期になり、不眠症になったり、ご飯が食べられなくなると、よく、かかったようだ。昔は、肉や卵など、少なく、栄養状態が悪かったので、心が不安定になると、即、感染症がひどくなり、死に繋がったのだ。今だと、簡単な不眠症ぐらいだと、いい薬で、なおってしまう。無理が利くのですね。

 それで、休むということに、みんな、とても、不寛容になっている。今、一ヶ月、骨折なんかで、入院しても、学校の関係性が悪いと、いじめにあったりすると、聞く。でも、学校が荒れてるときに、病気になったりするっていうことも、又、真実だったりする。それを、いなすことによって、鈍感になり、もっと、重篤になることも多いように思う。やなことは、体に、まずこたえるのだ。だから、その状況で、しょっちゅう、風邪をひいている子は、実は元気だったりするのだ。

 で、ばあさんは、軽い結核の症状が出て、女学校を、一度、止めてしまった。そして、休養をとって、ご飯をしっかり食べたようだ。なおして、また、別の学校に、入り直した。裕福なお家だからできたのであろう。でも、心の不調が体の不調に繋がっていて、死が、身近な世の中だと当たり前のことなのだ。

 

 昔の人の伝記など、読むと、学校をやめたとか、休学したなんて話は、ほんと、よく出ている。昔は、セカンドチャンスがなかったというが、それは違うようだ。死ぬよりは、ということで、やり直す人がたくさんいたからだ。だから、サラッと、ながせるようなことだった。

 

 私たちは、ここ、50年ほどで、貧しさを克服し、不用意な死から、逃れられるようになった。確かに、貧しさは、それは、玉子がないのではなく、玉子が買えない貧しさだ。そちらの方が、たちが悪いこともある。でも、玉子のない貧しさではない。

 一見、努力すれば、なんとかなる社会は、それゆえに、自分や、他者への、厳しさをもっている。それは、辛いことだ。それは、ゆるやかな心の死を招いたりする。

 愛する人の死を防ぎたい。それ故に、社会は発展していった。そして、それを手放せない。だからこそ、考えなくてはならない。それを、受け入れて、より、ギクシャクしないためには、どんなふうであればいいのか。

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