oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

稲荷町の親分とか、六本木のお姉さんとか。

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今週のお題「名前をつける」

 名前というのは、呼びにくい物である。よっぽど、親しくないと、名前で呼ばない。家族とかでも、お兄ちゃんやら、お姉ちゃんやらと呼ぶ。また、愛称で呼ぶ。親でさえ、姿勢を正して、説教するときとかだけ、名前を呼ぶことが多い。

 で、年上の親戚とかは、その人の住んでるところの、地名をつけて呼ぶことが、結構ある。大阪のおばさんとかですね。そして、その大阪のおばさんでも、ふたりいるとする。地元の情報に詳しい人とかには、阿倍野のおばさんとか、吹田のおばさんとか呼ぶ。阿倍野は古くから人が住んでいるから、お商売をしている人のなのかしら。吹田は千里ニュータウンがあるから、サラリーマンの妻かしらと、聞き手は推測できるのである。

 このように、呼び名というものは、その人の属している、階層やら、職業なぞの情報の、手がかりなのである。稲荷町の親分とかだと、きつねの飾りもんがありそなうな、神社がある下町に住む岡っ引きかもしれない。六本木のお姉さんだったら、夜、働いている美しい若い女性ですな。しかし、よく、聞いてみると、これは、六本木のマンションに住んでいる、話し手の60代の独身のお姉さんだったりする。

 

 このように、名前というのは、本来、その人を説明するために、つけられるものである。そして、それは、関係性で、決まる。六本木のお姉さんで通じるのは、その人が妹で、その人に姉がいることを知っている人に、話するからだ。そして、その友達が、そのお姉さんを交えて、お食事に行ったりする。そうして、はじめて、彼女の名前、仮に愛子さんだったら、愛子さんと呼ぶように、初めてなるのである。名前とは、お互いに勝ち取られるものでもあると思うのですが、どうでしょうか。