oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと、書いています。

中国行きのスロウボート 私の中の村上春樹

 新しい、村上春樹の短編集女のいない男たちがでましたね。文芸春秋に連載の2編を読んで、楽しみにしていました。これから、じっくりと読むつもりです。さて、このごろ、なんだか、もやっと、感じていることがあります。

 

 村上春樹の数ある短編の中では、「沈黙」と「中国行きのスロウボート」が好きです。「沈黙」は、代表作と、いっていいのではないでしょうか。確か、読者との、メールのやり取りを記録した「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか? (Asahi original (66号))のシリーズの中で、読者との感想のやりとりがあり、とても、心を動かされました。それについては、いつか語ることがあるかもしれません。

 さて、「中国行きのスロウボート」が、好きなのは、ちょっと、個人的な思い入れが、あるからです。この小説は、作者と思われる主人公の、高校時代の中国人の友人が、多分、中国人ゆえに、大学を卒業してからも、まともな就職先もなく、不遇で、ある日、ボートで密航して、行き方知れずになるという話です。

 私の父は、中国人でヤンさん一家という方々と知り合いでした。ご主人のヤンさんは、兄弟で、中華料理店をしていました。二人とも、大卒で、ひとりは、東京工業大学を卒業してたそうです。しかし、まともな仕事につけず、素人料理で、店はガラガラでした。パチンコ屋も、していたらしいのですが、ばくち場なんてと言って、はやばやと、ブームになる前に、やめてしまったようです。最後は、インベーダーゲームを置いて、はやらないゲームセンターをやっていました。

 しかし、偏屈で、わがままな父と、気があったみたいで、仕事は落ち目になって、人探しが、めんどくさくなったとき、何人も親戚を従業員として、送り込んでくれました。そして、父がいよいよ、体を壊し、立ち行かなくなったとき、「もうだめよ」とはっきりと言ってくれた人でもありました。

 そんな、体験が、中国人ゆえに、うまくいかない同級生に対しての後ろめたさを読むと、頭に浮かんだのです。ヤンさんは、あのだらしない父をどう思っていたのだろう。そして、父はヤンさんをどう思っていたのだろう。

 

 そして、この話は、父の戦争体験の話も思い出させるのです。私の両親は淡路島の出身なので、神戸から船で、子ども時代、ひとりで、田舎をよく訪ねていました。

 そのとき、何度か、天候が悪かったりすると、和歌山沖に船が流されることがありました。予定時間の、倍以上かかり、島影もなくなった海は、とても、怖かった。舟までが、ひとりぼっちなのです。そのことを、父に話すと、父も和歌山沖に流された、恐怖の体験を話してくれました。それは太平洋戦争の終戦の前日だったようです。

 

 その日、食糧が、いよいよ、無くなって、中学生だった父と姉である叔母は、田舎に取りにいこうと、舟に乗ったようです。逃げ出したんだと、父は言っていました。

 祖母は赤ん坊をかかえていたし、兄は、ぐれて、家に、よりつかなかった。祖父は軍関係の仕事をさせられて、ぼやっとしている。住んでいる大阪市内は、焼け野原で死体に足をつっこんで、歩くような状態だ。

 その日、大阪を海岸沿いに下って、探し出した、燃料の少ない、小さな舟は、出港したものの、和歌山沖を一晩さまよい、やっとこさ、港に着いたのです。

 そして、次の日の昼過ぎ、田舎にたどり着くと、戦争は終わっていたようです。終戦の日でした。そこには、確実に昨日と違う、次の日があったのです。

 舟とは、多分、異界と現世をつなぐものなのだ。舟に乗って、出かけることは、異界に近づく恐れがあることなのだ。そして、父は、そのことに、気がついたのだと思います。その話はいつも、ある種、興奮とともに語られました。

 過去に起こったことで、起こった何かを、私はこの小説で、思い出すのです。あの中国人青年は、どこかに、たどり着けたのだろうか。

 村上春樹のテーマのひとつに、アメリカや、中国への思いがあります。その、村上春樹の中の、日本の歴史的体験を、私は、きっと、発見したのだと思います。同じように、他の人も、親世代に起こったことを間接的に感じてくれていたことが、信じられました。その多くの人たちと繋がっていることが、私を慰めてくれたと思っています。

 この小説を読んでから、私の中で、村上春樹は、どこか、心の片隅に、こつんとひっかかる、存在になりました。

 こんな、自分に引きつけた思いは、ごくごく、独りよがりの気持ちでしかすぎないと、思います。でも、こんな、気持ちをもって、ぽつり、ぽつりと、村上春樹を、読み続けています。「中国行きのスロウボート」は、そんな、私にとって、忘れられない短編です。

 

 

中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)

中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)