oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと思っています

今年のささやかな決意。大滝詠一について、思うところ

あけまして、おめでとうございます。

 今年の正月にあたって、夫婦でささやかな決意を実行しました。主人が「もう、子供たちの名前を、年賀状に連名でのせるのをよそう」といったことです。次男は、去年四月に家を出ています。多分、前のような関係で同居することはないしなあ、今、家にいる長男との関係性も変わってくるしなあ。と、私も思ったのです。

 

 というのは、私たち夫婦は結婚を機に、家出みたいに、親元を離れたような次第だったからです。それにつけては、周りの人のことを思い、自分たちのことを思い、色々と後悔することがあったわけです。この辺りの気持ちは二人ともなんか、グチグチャして、今言えないんだけど。

 

 そこに、年末、大滝詠一さんの訃報があり、あぜんとした気分になりました。私はそんなに音楽にくわしくもないのですが、多分、YMOの流れで、『はっぴいえんど』のアルバムを聞いたのでした。そして、お正月を迎える、家を出た青年の気持ちを歌った歌、『春よ来い』の詩がぐるぐると私によみがえったのです。

 

 あのとき、私はほんとは実行しなければいけない自立を、あったかい炬燵にぬくぬくしていたいがために先延ばし、していました。だから、あの日本語をロックに、しっくはっくして、融合させようとした、音と言葉に心を揺さぶられました。私は、なんだか昭和20年代をひきづっている両親に依存して、寂しくなりたくなくて、無理してたから。

 ああ、なんて、潔い人たちなんだろう。そして、道無き道を行く、勇気のある人たちなんだろう。そして、いたいたしい言葉なんだろうと。

 

 多分、彼らより前は、道が定められていて、寂しさを別の形で歌っていたと思う。18ぐらいで結婚するなり、奉公という形で、家を出て、純粋にふるさとへのなつかしさをを歌っていたのではないか、と今は思う。
春よ来い /はっぴいえんど/ HAPPY END/1970 - YouTubす。

 そして、大滝詠一の時代になると、少し、豊かさが見えて、自由になにかができるという時代が始まったのだと思う。しかし、飛び出てきたけれども、引き換えに孤独を得た青年だったのだ。その肉声に心つかまれたのだった。そんな、人たちが私の少し前を歩いていた。かっこいい、お兄さんだったよ。

 

 だから、今回の年末の死は大滝詠一らしいなあと思い、でも、やり遂げたのだとホッとした気持ちも抱きました。知っている人がだんだん死んで行く人が多くなるのは、とても、とても、つらいことだけれど。

 

 そして、これから、生きていく子たちのことを思いました。いつの時代でも、自分たちを大切にするための、別れはあるよ。

 
風をあつめて ~はっぴいえんど~ - YouTube

 どこかで、聞いたことありませんか。これも好きです。