oohama5656's blog

日々の思いを言葉に出来るといいなあと思っています

世は移りゆく「買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて」  山内マリコ

 先日、沖縄に行ってきました。12月ごろから、沈みきっていて、お正月準備もままならない。で、旅行でもいこうかと、格安チケットで予約してガイドブックを読んでみたもの、全然のらないどうしようかとと思っていた前日、この本を読みました。そのなかで那覇の壺屋やむちん通りで陶器を買ったことが書かれており、やっと楽しむ欲がでてきました。本の通り、若い作家さんのしゃれた感覚の陶器があり、店員さんも親切、一日中いたいぐらいでした。作家ものの小皿を4枚買い大満足。もちろん、ガイドブックにも書かれていたのだけど、観光地の陶器ってがっかりすることが多かったので素通りしていたのです。おもちゃみたいなのだったり、ひとりよがりだったり。この本は身銭でお買い物して、ものの良さを描いていて、お買い物のたのしさを改めて思い起こさせてくれました。ロンシャンのバック、私でさえ古くておばば臭いと思っていたけど、欲しくなりました。

 まえがきによると、かつての文春の人気エッセイ、中村うさぎの「ショッピングの女王」のようなものをと、頼まれて書かれたようです。「ショッピングの女王」面白かったです。ただ、あれは買い物依存症の赤裸々な記録で、お買い物が嫌になる話です。そうでない人もいるかもしれないけど。買い物依存症は、世界のかつての貧困が背景にある。手芸品を売るお店で店員してたとき、しみじみ患者さんを相手にしてて思ったなあ。話はそれますが、中村うさぎラノベ極道くん漫遊記」、子供たちがアニメで見てて、手に取りました。なかなかに面白かったですよ。私より少し上の世代ですけど、感じるところがあって、いくつか読みました。この作者にも通づるところがあると思います。この本で、山内マリコさんの世代の金銭感覚というものは、だいぶ私たちと違うんだなと思いました。中村うさぎはお金を払うことの目的を所有といい、山内マリコさんの本はブランドへの応援として払うとあり、時代の価値観が随分と変わったなあと思いました。

 ほかに面白いなあと思ったのは、本のなかで源氏鶏太獅子文六への敬愛を示していることです。かつての流行作家という、そういうものを目指しているのだなあと思いました。獅子文六のちくまでの復刊本、私も読んでいて当時の風俗、商品がしっかりと書き込まれているけど、古びないエンタテイメント性に感動しました。しっかり商品とか調べたもん。作者は「コーヒーと恋愛」が気に入ったようですが、何度も用事で新幹線に乗る羽目になった私は、今も変わらない東海道線の景色の描写に感動して、鉄道ものの「七時間半」がお気に入りです。ちくまで源氏鶏太も復刊されてるようですが、私の子供の時、まだ、たくさん、本屋さんに文庫本で並んでいました。その本屋さんは、同級生のお父さんが経営していたので、感想、聞いてみたかったです。

 

買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて (文春文庫)

買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて (文春文庫)

 

 

   この本のことは、新作「あのこは貴族」という東京の富裕層に取材して描いた小説のプロモートで知りました。なるほど、ふたりの作家さんを意識してますね。都会のハイカラで裕福な生活を描いた作家さんたちです。それだけでは、この本を手に取らなかったのですけど、気になっていた郊外生活、地方の県庁所在地の憂鬱を描いたと聞いている「ここは退屈迎えに来て」の作者でもあることを知り、手に取ってみました。彼女は一筋縄ではいかない。小説、読んでみます。

 

あのこは貴族

あのこは貴族

 

 

 

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)

 

 

谷口ジローに再会する「遥かなる町へ」

 谷口ジローさん、亡くなりましたね。ほとんど読んだことないし、なにかお悔やみめいたものを書くのもおこがましい。この前、永六輔さんが亡くなったときも思いました。彼の書いた市井のひとの生き様を聞き書きした一冊は、たしかに私の人生のたいせつなものになっています。しかし、故人をよく知っているわけでもない。だいたい、ライフワークのラジオ聞いてたわけでもない。谷口ジローも、なんども読んだ「冒険手帳」という本に、彼がアシスタントとして参加していて、さし絵の石川球太さんがその才能をたたえていて覚えてるだけです。しかし、火のおこし方を実践してみたりした、私にとっては大切な本なんです。そういえば、この前読んだ諸星大二郎の「西遊妖猿伝 大唐編」におしっこを漉して飲む方法が載っていたんですけど、彼も読んだんでしょうか。まあ、よく知られた方法のようだからね。そういえば、ジャンプの連載なんかもっていた時期、彼の本当のよさがわからなかった。いつか改めて感想を書きたいです。

 谷口ジロー、この頃ぽつぽつ読んでますが、Kindleとかネット書店のおかげです。今更かよって思うでしょうが、たぶん、今なんです。ひとつには彼の本が高かったこと、ほとんどの本屋で見かけなかったからです。もうひとつは私が年をとって、まあ、贅沢していいかって思えるようになったからです。残りが見えてきたからですね。

 谷口ジローというひとが活躍しているのを知ったのは関川夏央とくんだ「坊ちゃんの時代」の評判を聞いたからです。その後、通販生活を購読していて、「散歩もの」を読んでました。面白かった。もっと続きがよみたい、そう思ってました。

 そういった流れで、改めて、今回、谷口ジローの代表作の「遥かなる町へ」を読んでみました。ある男が故郷である鳥取県倉吉市に行って、中学生時代の自分にタイムスリップするはなしです。倉吉、この前、地震で被害があった町ですね。今回の死去に強く関わっているような気がして、興味がわきました。

 谷口ジロー鳥取市の出身なので、ほぼ主人公は分身のような感じで描かれています。すこし、ネタバレになるのですが、主人公は、かつての憧れの女性とつきあってみたり、失踪した父親を止めようとしたりします。しかし、それでも父親の失踪のなぞの多くはわからないし、母親のそのときの気持ちのなぞもわからない。初恋の女性とのその後も描かれていない。だいたい、この記憶が改めて彼が生き直したことなのか、忘れていただけのかも曖昧なのです。そして、この話が、最後には主人公の記憶であるかさえ曖昧になります。この漫画の魅力は、謎が謎なままであることであるように感じました。

 ドラマになった孤独のグルメでも感じたのですが、説明が少なく想像の余地があるのです。それは彼の漫画が絵画的だということと、関係あるんじゃと思います。絵画はみっちりと情報が入っていますが説明がない、それゆえに謎を取り込むことができます。たとえば、有名なフランスの「貴婦人と一角獣」のタペストリーを見てるような、大げさかもしれませんが。この本をみて、万華鏡のように解釈できる、そういったものを、風景をえがくことをとおして、目指していたのではないでしょうか。

 倉吉を舞台にした作品がまだあるようです。まだまだ、謎を知りたいのです。それにしても、ひとが亡くなると、「よみびと、知らず」ということばがよみがえってきます。そのひとがどんなひとか関係なく、思いは残っていくのでしょう。

 

 

 

冒険手帳―火のおこし方から、イカダの組み方まで (知恵の森文庫)

冒険手帳―火のおこし方から、イカダの組み方まで (知恵の森文庫)

 

 


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ささやかだけど大切なこと

 10日ほど前に、私の「映画館に行こう」というお題のブログが紹介されていて、1年前ほど前の隅っこの記事を、よくぞ紹介してくれたなあと感謝しています。映画を見る若い人たちに、ぜひぜひ感じ取ってもらいたいことだったので、うれしいです。

hatenanews.com

 この記事には、映画館の中のひとの思い、地方の映画館に出かけた体験、海外の映画館で感じたことを紹介したブログもあるので、どうぞ、旅の時間のひとつに映画館を体験してほしいです。映画館で映画を見る楽しみのひとつは、お客さんを見ること、そしてその土地の風土を見ることだと思ってます。なにが流行っているか、どんな風な文化なんかの普段着のすがたが見れます。それに目的があるので、いちげんさんが入りやすいですし。映画館はひとりになれるけれど、ひとりでない空間として貴重なものです。

 私は海外ではインドの映画館に行ってみたかったです。かつては男女別れてだったりするので、たいへんそうでしたが、人声が絶えない娯楽のしての原点があったような気がします。地方では、くまモン小山薫堂の故郷、天草の映画館なんか行きたいなあと思います。ドキュメンタリーのなか、安西水丸さんと来訪した映画館は映画愛と郷土愛が強く感じられてよかったです。

 そういえば、奥さんのお掃除で暇になった村上春樹が、年末を新宿歌舞伎町の映画館で過ごすエッセイがすごく好きです。あの、孤独だけど、ゆるやかな自由な年末の感じこそ、映画を取り巻く空気感だなあと思います。映画館では多様な自分に出会えます。多様な自分って、どこかいろんな人と共感できる自分なんだと、自分を好きになれる。こんな恋愛はしたことがないけど、それが気にいる自分。運動神経ばつぐんではないけど、その空間が体験できたりもします。とにかくに自分から少しはみ出してみる、そんな体験のために映画館を思い出してくださいね。

実感としての戦争「戦争と一人の女」

 こどものころ、 戦争体験をかたる人の話を聞いていると、一種の冒険談のようなはなしになって、目が輝やくのって不可思議だった。かの太宰治疎開先を転々としながらも、一番健康だったのは戦争中だったと吉本隆明の本でよんだ。障害者も仕事が初めて回ってきて、そのときだけは人に頼りにされ生きている実感があったと語っているのも読んだことがある。戦争にはなにもかもをかき回す、誰もが参加可能な祭りのようなもんなんだなと思う。だいたい、お祭りで、何人かが不慮の事故で死ぬことがつきもんだったりする。争い自体は退屈しのぎというか、ぎくしゃくした社会のおりを吹き飛ばすため、人間につきものなんだろう。しかし、近代戦争は多くの物量と人数を破壊するので、反戦というかたちで防ごうとされている。しかし、戦争が人間の社会の装置であるかぎり、その実態は変わらないのかもしれない。

 戦中戦後の坂口安吾の小説を漫画化した「戦争と一人の女」は、そんな生き抜くための高揚感がただよっているような気がする。女郎出身の不感症の女がいる。その欠落感を埋めるためにいろんな男と関係するが、戦争になって、寄る辺なさそうな男と一緒になる。戦争のあいだ、真に心を結べない男女はお互いに執着するが、終わってしまうことでその無理が終わってしまうことを予感する。無理が通る、それが戦争のなかにある何かなんだろうか。

 立ち返って、古い本を読むということはなんだろうと感じた。若い人に今生きてる実感がない古典を読めっているのは酷だろうなと思う。しかし、自分が感じてることは、かつて誰かが感じたことであるのを知るのは悪いことではない。この本の社会の犠牲になって不感症になった女と、それを克服するためのどす黒い気持ちが、戦争に通づる、なにかをかきまぜたい気持ちに通づるんだと思う。不感症が悩みになるっていうことが、結婚という制度に守られた女が男女の一体感を感じられているという錯覚だ。そんな、自分でも頭ではわかっていても、体で実感できないなやみというのは、ごくそばにある気持ちで、それが克服されていないということが、古典を読む意味の一つかなとおもう。

戦争と一人の女

戦争と一人の女

 

 

雨宮まみ「東京を生きる」ことばにできないこと

 雨宮まみの「東京を生きる」を読んだ。なんとなく呼ばれて、デビュー作の「女子をこじらせて」もよんだが、そちらはいろんな要素を詰め込んで読みずらかった。その混沌をそのままさし出したのが、こちらの本だ。たった5年ぐらいかな。こんなに簡潔な文章に進化してるとは、ほんとに生き急いだのだな。故郷をはなれた理由のひとつに、博多の繁華街の東京の最上の上澄みがある世界とほんの10分ほどしかはなれない高校生しか乗っていない電車路線をあげていた。私も地方の県庁所在地に降り立つと、その虚構性は強く感じる。しかし、目を背けて消費を楽しむだけなら、気にならないで生きていけるひとも多いのにと感じた。確かに田舎の優等生はつらい。勉強ができるだけに美貌や振る舞いなんかを値踏みされた上に、家族のなかで別の階級にならされるのだ。東京で何事かをなすために特別にあつかわれたひと、しかし、東京でひとりぼっちの女ができることなんてしれている。東京で生まれただけであらかさまな下駄をはかせられているのである。学生時代、地方の優等生の男の子たちと遊んだことがあるが、下宿していてる彼らが、大阪のデパートのビアホールにいくのさえ、頑張らなければならないと知った。それなのに大企業に就職して、バブルの頃とんちんかんな背伸びを覚えていくのである。都会にも、もちろん見えない壁はある。大学から住んでいる町の駅に降りると、子供時代の知り合いたちはチリチリのパーマをかけて所帯染みていく。なんで部活の先輩の結婚して子供のいるひとたちはあんなに若々しいのだろうと。そんな女の子たちを彼らは目指す。そこにこまかな階級というものがあるのがわかる。私は彼らのどちらにも媚びることも同化することもできなかった。卒業してから、貧しい人たちと一緒だったため、親戚に差別されて沈んでいった両親と、ものが投げやりに置かれた実家でひそんでいた。東京に行くなんて思いもしなかった。誰かに一生養ってもらうしかないと思っていた。

 そんな私にとって雨宮まみの東京での冒険はてんで縁のないもんである。ただ、下町の同級生の優秀な男でさえ、40代で子をなすような東京で、女として名をあげるなんてとんでもないドンキホーテの努力であることはわかる。しかし、彼女の生き方は、彼女の本は、私の心に響く美しさがある。本の真ん中で藤圭子のうたう「マイウェイ」についての言及がある。藤圭子はわたしとっても、気になる人だ。デビューのときの「圭子の夢は夜ひらく」は名曲だと思うけれど、それからの曲はなんだかそぐわない気がして痛々しかった。そのうち前川清と訳のわからない結婚をして影が薄くなった。その後見たのは、米軍ハウスかなんかに親子三人で住んで、良質な三枚の食器を示してシンプルで素敵な生活をしていた彼女だ。かっこいいなっと思った。たまにタモリがMCをしていた「今夜は最高!」で楽しそうにポップスを歌っている姿をみた。話はそれるが、あの番組好きだったなあ。音楽を楽しむってこういう感じだと思った。そんななか、嬉しそうに娘自慢をしている姿をみた。いつも、本気で幸せそうだった。その裏で、正反対の極端な浪費とかしていたのだなあ。村上春樹のエッセイで、彼女に町のレコードやさんかなんかであったエピソードを読んだのはそのころかな、あまりにふつうで素敵な彼女があんな歌を歌わされて気の毒だったという話だったような気がする。ひどく同感した、幸せであって欲しいとひどく思った。そのうち宇多田ヒカルがデビューして、あまりの天才ぶりに彼女は歌を歌わなくなってしまった。なんだか寂しくてSNSで彼女の影をさがした。私は藤圭子が旅芸人の娘というもっとも古い価値観を持つ階級の出身であることを知った。そして、中学生時代の勉強ができる美少女である彼女への憧れに満ちた、同級生のホームページを読んだりした。あんな死に方をしたので閉鎖されてしまったけれど、その彼女も彼女だったんだろうと思う。雨宮まみは、すばらしい才能に振り回され、別の人になりたいと願ってもなれなかった彼女と同じように、平凡な私もあなたも自分以外にはなれないとその章を閉じる。改めて問う、私の前に一瞬あらわれた、彼女こそはなにものか、そんなことをこの本を見て思った。

 

 

東京を生きる

東京を生きる

 

 

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 最近、村上春樹川端康成を気持ち悪いって思っていることを知った。藤圭子と同じ目線でみていたのだろうと思う。私は実は嫌いではないのだ。どちらか言えば古いものと共存するタイプなんだろうな。

 

生身の人間がいる。映画「沈黙」

映画チラシ 沈黙 サイレンス アンドリュー・ガーフィールド

 昨日、映画「沈黙」を見てきた。若いとき、感銘をうけた小説だ。何年か前、修道士を志したマーティン・スコセッシが映画化すると聞き、面白いなあと思ってずっと待っていた。ちなみにスコセッシの映画は「タクシードライバー」と「ギャング・オブ・ニューヨーク」しか見ていない。ファンとはいえないなあ。しかし、歴史への興味が似てるんだろう。後者は、今は絶版になってる原作をがっつり読み込みました。後から来た移民が居場所を求めて、手段をえらばず闘い取っていくはなしだ。そのなかで描かれた、ニューヨークの貧民街の最下層のアイルランド系と黒人が混血して、白い人が白人として、黒い人が黒人として生きていった歴史は驚きだった。その本しか読んでないので異説もあるだろうけど、アメリカの人種間の問題の根深さなんだろうと思う。アメリカの黒人はアメリカ人なんだ。二度目に映画をみたとき、アイルランド系の敵役と娼婦を演じる黒人の目鼻立ちの白い女優さんたちの絡みがカラバッジョみたいだと思った。善悪を超えた人間の業の輝きというものだろうか、美しかった。映像で歴史を語るってこういうことだなと思った。ちなみにヒロインにキャメロン・ディアスが出ているけど、名前が示すようにヒスパニック系の白いひとなのだ。そういった人々の手段を選ばない戦い、生き残ることの切なさ、無残さが「沈黙」に通づるものかなと思う。生身の人間の尊厳があるから、そんなはなしも輝くのだ。

 「沈黙」は母が信じたキリスト教がどうにも合わないと感じた遠藤が、その布教の問題点をさぐった小説だ。その問題をスコセッシは、映像で物語る。なぜ、かつてキリスト教が定着しなかったか。そこには宣教師たちの無意識にある教化するというエリート意識の思い上がりがある。だから、まず、彼らと同じような支配層であったインテリ層に布教された。しかし、日本には強固なもともとの宗教観がある。そんな内面を見下されたことに、嫌悪感を抱いた彼らにしたたかに逆襲された。それは実はすでにヨーロッパで、アジアで、南米で問題になっていたことだった。なぜ少年たちが遣欧使節に選ばれたか。それは純粋無垢な子供扱いされた蛮族の象徴だったからだと思う。蛮族だからなにかを奪ってもいい。映画で浅野忠信演じる通詞が、捕まえた主人公の宣教師を「傲慢なやろうだ」と吐き捨てるのは印象的だ。しかし、病や貧しさから救いを求めて、心を差し出した人々は既成の社会への無言の批判者だ。それも彼らには腹たっただろうな。

 そんな善悪とか正しさとかでは割り切れない人間の生の感情をえがいた原作をスコセッシは映像のちからで美しく描いてくれた。拷問のシーンでさえ美しい。人間の命の輝きだ。塚本晋也演じるモキチの姿の神々しさよ。霧にむせぶ情緒的な映像。圧倒的な自然、厳密な時代考証、そして的確な演技指導。日本の映画界でも居場所が定まらなくなったナイーブさを持つ、窪塚洋介のキチジローはいい。キチジローは相変わらず強さや優秀さに優劣をつけて信者に求めたキリスト教に苦しんだ遠藤周作の影の自画像だと思う。卑怯でしたたかでなさけなく、そして依存的な。善悪とか裁くことよりも、あったこと、為したこと、そして内面に抱いているものが大切なんかもしれんなと思わせる映画だと感じた。

 

 追記したいことがあります。

 若いとき、キリスト教に憧れの先輩から誘われ、断ったら記憶が落ちるほどの暴言を吐かれたことがあります。しかし、今考えると彼女よりよほど辛い人生を過ごしてたと思う。彼女の実際は知らないですけど。でも確かに私は、苦労に甘えたいやなやつだったです。それを踏まえて生き続けるって悪くないです。それゆえ、「沈黙」は大切な本です。

chinmoku.jp

 

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いっしょ過ごした「少年の名はジルベール」

 私が中学時代、大好きだった萩尾望都先生が竹宮惠子先生いっしょに共同生活をしていたのを知ったのは、ずっと後になってからだ。一年ぐらい前から 、漫画家をめざして上京し、「風と木の詩」を書かれたいきさつを書いたこの本を読めずにいた。そして、そのころのことを色々と思い出してた。中学のとき、私が漫画を好きなのを聞きつけてともだちになってくれたひとがいた。彼女が大好きだったのが竹宮先生だった。ふたりで「サンルームにて」を読んで、いつ、このジルベールという少年が主人公の漫画が描かれるのか、興奮して語り合ったものだ。「サンルーム」初めて知った言葉だ。ガラス張りの離れ家のことですね。おフランスのすてきなこと風俗が描かれ、背徳的でわくわくした。学校のなかで他に読んでいたひとはいたのかな。大概は、マーガレットとか、読んでいたのかな。友達の少ない私たちは気がつかなかった。この本を読むと、ファンレターを書いた人も少なくなかったらしい。いっしょに言葉を持って、先生たちを応援していたひとがたくさんいたのだ。おなじ中学生でも、ずいぶん違う。私たちはいろんな意味で差別される境遇だったので、自己肯定感が低かった。やさしくされることを期待して、手紙を書くことを思いつきもしなかった。しかし、そういった私たちに強い励ましをくれる人たちであったのだ。

 この本では、徳島から上京した竹宮先生が増山法恵さんという友だちと出会い、彼女を通して、すごい才能の持ち主である萩尾先生と共同生活をすることになり、そして、ふたりで学び合う二年ほどの際月が描かれる。そうか、私が、初めて出会った「空がすき」のころだったんだとと知った。「空がすき」は楽しかった。当たり前だ。「シュルブールの傘」を始め、フレンチミュージカルを徹底的に研究して書かれてたのだ。その後、「アラベスク」の山岸涼子先生を加えて、シベリア鉄道を経ての長期のヨーロッパ取材旅行に行ったこと。そして、萩尾先生へのしっとに苛まれ、決別する日々が描かれている。

 あのころ、ふたりは、はたち過ぎたくらいだったのか。しかし、あの年代のひとは母親になるひとが、ほとんどだったからだろうか、覚悟が違う。漫画で革命を起こそうと理想をかかげていたのだな。そのための猛勉強はすごいな。映画の脚本のしくみがわかり、教養がある増山さんが、すごいと驚いたようだが、こんなひと、今の日本でもそうはいない。おふたりも元々、相当な知識と教養がある。女性が絵で食べていくということが成立しているのは、日本の漫画ぐらいではないだろうか。そのころ読者としてすごせたのに身震いする。

 意外だったのは、そのころもアンケートがあって、竹宮先生が一度も一位になったことがなかったことだ。少女コミックのなかで輝いていて、みんな、ふたりが読みたくて、読んでいたのではないのかな。もちろん、「ロリィの青春」の上原きみ子先生の作品も好きだったが、いささか、子供っぽかった。こう書いていると、アンケートにも気付かず、旅行記を流し読みしていた、私にびっくりする。相当、混乱していたのだな。確か、一ヶ月ほど学校を休んだこともあった。連載された、「ファラオの墓」はしっかり覚えているし、萩尾望都先生が影響を受けた手塚治先生の漫画を求めて、最後の古本やに出入りして、白土三平忍者武芸帳も読んでいたのは覚えているが。確か、萩尾望都先生に、とんでもないファンレターを送ったことがあった。投函したあと、届かないことを祈った。

 しかし、そんな、私にも、おふたりのメッセージは届いたし、友だちを得ることができた。内心は、その境遇をバカにしてなかなか打ち解けない、ひねくれ者の私のよくぞ友だちになってくれたと思う。ご両親が信じる宗教系の進学高に入って縁が薄くなった彼女に、最後にあったのは、人混みの中の十三駅のホームの向かい側だった。障害のあるひとたちを引き連れてのジャージ姿だった。にごりのない笑顔を向けてくれる彼女に対して、女子大生だった私はうつむいていたのが、情けなく辛い思い出だ。なぜか、名前も忘れてしまった彼女のことが忘れられない。私をいじめてた、その後、16で子供を産んだ少女のなまえはしっかりと覚えているのに。

 

 

少年の名はジルベール

少年の名はジルベール